人の注意を聞くことは難しい
さて、みなさん。
皆さんは、人から注意を受けたとき、どのように対応しますか?
注意されると腹を立ててしまって、「あんたこそ、他人のことが言えるのかっ!」って言い返してしまう人もあります。
あるいは、必要以上にショックを受けてしまって、引きこもってしまう人もあるかもしれません。
これは、どちらも問題で、こんなことでは幸せにはなれません。(どちらも自己評価が低いからおきることだそうで、昨今、周りからはそれなりに認められていても自己評価が低い人が多いので、叱る側にも注意が必要だと、児童心理学の本で読んだことがあります…今度、その本も紹介しましょうね☆)
また、歳を重ねていくと(とくに成功体験の多い人は)、変な自信がついてゆき、だんだん人の注意が聞けなくなってしまいます。
そんな人に注意してもどうせ耳をかさないので、注意してくれる相手も減ってきます。
若い人でも、やたら根拠のない自信を持っている人もあります。
今日は、後輩や部下から注意を受けたとき、どのようにあるべきかを示した話を紹介します。
〜5、大将たる者、臣下の言葉をよく聞くべし〜
「大将たる者の第一のつとめは、臣下の諫言(かんげん)を聞くことである。諫め(いさめ)を受けねば、己があやまちを知ることができない。それゆえに人の上に立つ者は、家来が諫めのしよいように、よくなつかせておかねばならぬ。武田勝頼は諫言を嫌って身を滅ぼし、信長も森蘭丸の諫めをもちいず明智の恨みをかい失脚した。唐の太宗は広く諫言の道を開いたから、子孫長久の基を築いたのである」
徳川義直は口癖のように、こう教訓していた。
しかし、諫言に耳を傾け進んで諫めをいれることは、難中の難事である。
あるとき、匿名封書を奉った者があった。義直が開封すると、
「お家には、十悪人がおります」
という書き出しで、九人の名前が列挙してあったが、あとの一人が記されていない。
「もう一人は、だれであろうか」
義直は、近習を見まわしてたずねた。
そのとき、持田主計という二十三歳の秘書が、
「それは、殿さまでございましょう」
と答えた。
「なんと申す。余が悪人とな」
義直は、声をふるわせた。
「他の九人は臣下でございますから、はばかるにおよびませんが、残る一人ははばかるべきお方ゆえ、わざとお名をあげなかったものと思います。お名をあげずとも、殿さまには、おわかりになると思ったのでございましょう」
ちょうど、自分が書いたもののように、ヌケヌケと言いはなった。「余は格別、思い当たるところはないが、なにか欠点があれば言うてみよ」
「ございます。殿さまが、ご改心あそばして然るべしと思うことがおおよそ、十カ条ほどございます。よろしくば申し上げましょう」
と、列座の近習らの前で持田主計は、立板に水を流すごとく、義直の欠点を並べたてた。
臣下の前で、さんざんにコキおろされた義直は、一時は憤満やるかたなく、肩で荒い息をしていたが、よくよく反省してみれば、持田主計の指摘には、思い当たる節が多かった。数日後、義直は持田主計を大忠臣として加増し、旧に倍して重用し国政に参与させたという。
名君と、いわれた所以である。
〜ここまで〜
私の仏教の先生は、「自分が納得いかない指摘であっても、三人から同じことを言われたら、それは事実だと思って受け止めなければならない」と教えてくださいます。
一人や二人からの注意ならば、たまたまその人の価値観の問題かもしれませんが、三人から同じ指摘を受けるということは、余程みんながそう思っていると理解して間違いありません。
言いたいけど言えない人も多いですから、その中三人も同じ見解を述べてくるということは、周り中からそう思われているのです。
しかし、まだ、言ってくれているうちは良い方です。
「だめだこりゃ」となったならば、もう誰も言ってくれません。
大変難しいことではありますが、腹が立つ心を叩いて、「言われるうちが花」だと思い、人の注意は頭を下げて聞きましょう。
「素晴らしい!」と思いました。
高●先生の『光に向かって』の内容も、
紹介してくださった高●先生の言葉も素晴らしいし、
お弟子の方の姿勢もとても素晴らしいと思いました!
ところで、チ●ーリップ企画のアニメに関しては、
田中さん、清森さん、苦笑と少なくとも三人以上の人が、
論拠を挙げて間違いを指摘しているのですが、
これだけ例外というわけではないですよね?(苦笑)



