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ツッコミ!【第15回】法の深信とは

第15回がアップされました。
 ↓↓↓
【第15回】法の深信とは
http://shinjin.info/2008/10/110940153.html

次に、「法の深信」でハッキリ知らされたことを善導大師は、こう述べられる。
『二には決定して、「彼の阿弥陀仏四十八願をもって衆生を摂受したまうこと、疑無く慮無く彼の願力に乗ずれば、定んで往生を得」と、深信す』
この世も未来も、絶対の幸福に救い摂るという弥陀の本願、まことだったとハッキリ知らされた、と仰っているお言葉である。

親鸞聖人のお言葉からも聞いてみよう。
「噫、弘誓の強縁は多生にも値いがたく、真実の浄信は億劫にも獲がたし。遇行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。
若しまたこの廻、疑網に覆蔽せられなば更りてまた昿劫を逕歴せん。
誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ」
(教行信証)

ああ、親鸞は今、生まれ変わり死に変わりしてきた果てしなき過去からも、遇うことの出来なかった不可思議な弥陀の本願に遇わせて頂き、億劫にも獲がたい真実の信心を獲得することが出来た。
どんな遠い過去からの、阿弥陀仏のお手回しがあったことやら、深く喜ばずにおれない。 もし、いま救われなかったら永久に親鸞、流転の苦しみから抜け出ることは出来なかったであろう。危ないところを救われたものだ。
誠であった、誠であった、必ず救う弥陀のお誓いにウソはなかった。みんな聞いて貰いたい。

『教行信証』の冒頭に、深信せる「弥陀の本願真実」をこのように書き記し、末尾に、
「慶ばしきかな。心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。深く如来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。
これによりて真宗の詮を鈔し、浄土の要をひろう。唯、仏恩の深きことを念じて人倫の嘲を恥じず。
若し、この書を見聞せん者は信順を因と為し、疑謗を縁と為し、信楽を願力に彰し妙果を安養に顕さん」 (教行信証)
と、『教行信証』を擱筆していられる。

親鸞、こんな不可称不可説不可思議の絶対の幸福に救いとられたのは、全く阿弥陀如来の本願力であった、とハッキリ知らされた。 そして喜ばずにおれないのは、この弥陀の本願を親鸞に伝えて下された善知識方のご恩である。

これらの仏恩と師恩に、なんとか報いたいと思う心は日々に高まるが、九牛の一毛も報いきれない身を知らされ悲泣せずにおれない。
如来と知識の最もお喜びになることは何か。それは弥陀の本願力不思議の真実を、一人でも多く正確にお伝えするしかない。そう知らされて、この教行信証を書いているのである。

この書を読んだ人には肯定的な人もあろうが、否定的な方もあるだろう。喜んでくださる人はこの書を縁として、どうか無碍の一道へ出て頂きたい。
気にいらず誹謗される人は謗ることを縁として、やがて弥陀の本願に遇われることを偏に念ずるばかりである。

親鸞、このような幸せな身に救い給うた阿弥陀如来の広大な御恩をおもえば、どんな非難中傷を受けても、なんの苦にもならない。甘んじてお受けするつもりである。

「絶対、助からぬ私」と「絶対、助かる私」にツユチリほどの疑いも無くなった親鸞、助かる助からぬに全く用事がない。
機法ともに疑蓋無雑、信順無疑、二心なく必定、決定の大安心を「信相の一念」と教えていられるのである。



だから何?(苦笑)

というか、ホンマニやる気あんの?(苦笑)

共に明らかにせんとしたのは唯一つ、偏に、弥陀の本願の「若不生者不取正覚」の正意であり、親鸞聖人の真の教えに外ならない。

 ↑
完全にお忘れのようですが、これは貴方の発言でっせ(苦笑)。

オイラ(苦笑)のツッコミを警戒するのはよくわかりますが、
これじゃあインチキドグマ混入隠蔽工作になってません。
【12】【13】【14】【15】の四連続敬遠で、
逃げまくりで押し出し!失点一!
ですわ(苦笑)。
インチキ法論も、もう限界ですか?(苦笑)。

オイラはおもろいからツッコミ続けますが、
もうそろそろいい加減にしないと、
読者や会員に、完全に愛想つかされるで
(苦笑)。


おまけコーナー 苦笑の宿題チェ~ック!!

四連続敬遠じゃ全然ダメですわ(苦笑)

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めていること。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。

→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!


2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。

→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作していること。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。

→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。

→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。

→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。

→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

※「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正した部分は除く。


今回も「イタイ」発言を繰り返してますが、
長期戦で更に醜態を晒すとますます困りますよん(苦笑)。


(以上、2008.10.11.01:39pm記)






追記(2008.10.11.07:59pm)

次に、「法の深信」でハッキリ知らされたことを善導大師は、こう述べられる。
『二には決定して、「彼の阿弥陀仏四十八願をもって衆生を摂受したまうこと、疑無く慮無く彼の願力に乗ずれば、定んで往生を得」と、深信す』
この世も未来も、絶対の幸福に救い摂るという弥陀の本願、まことだったとハッキリ知らされた、と仰っているお言葉である。



あ~ん?←久しぶり(笑)

●二には決定して深く、かの阿弥陀仏の、四十八願は衆生を摂受したまふこと、疑なく慮りなくかの願力に乗じてさだめて往生を得と信ず。『観経疏』散善義

これは、阿弥陀仏の四十八願が衆生を摂め取って救うと、
疑いなくためらうことなく、阿弥陀仏の願力に乗じたならば、
間違いなく極楽浄土に往生する、
と深く信じるということでっせ。

そんでもって、これは前に教えてあげたことだけど、

●必得往生といふは、不退の位に至ることを獲ることを彰すなり。
『経』(大経)には「即得」といへり、釈(易行品)には「必定」といへり。「即」の言は願力を聞くによりて報土の真因決定する時剋の極促を光闡するなり。「必」の言は[審なり、然なり、分極なり、]金剛心成就の貌なり。『教行信証』行巻

●しかるに『経』(大経・下)に「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。「信心」といふは、すなはち本願力回向の信心なり。「歓喜」といふは、身心の悦予を形すの貌なり。「乃至」といふは、多少を摂するの言なり。「一念」といふは、信心二心なきがゆゑに一念といふ。これを一心と名づく。一心はすなはち清浄報土の真因なり。
金剛の真心を獲得すれば、横に五趣八難の道を超え、かならず現生に十種の益を獲。なにものか十とする。一つには冥衆護持の益、二つには至徳具足の益、三つには転悪成善の益、四つには諸仏護念の益、五つには諸仏称讃の益、六つには心光常護の益、七つには心多歓喜の益、八つには知恩報徳の益、九つには常行大悲の益、十には正定聚に入る益なり。『教行信証』信巻


「仏願の生起本末」、つまり阿弥陀仏が
衆生救済の願を起こされた由来と、
その願が成就して現に衆生を救済しているということを、
「聞きて疑心あることなし」になったら、
「本願力回向の信心」を獲得するから、
極楽浄土に往生することが確定(報土の真因決定)
するんでしょうがね。

そんでもって、将来間違いなく極楽浄土に往生できるから、
現在この身に「正定聚に入る益」があるんだよ。

そういうわけで、信楽=二種深信を獲得した人は、
極楽浄土への往生が「ハッキリ」するのよ。

ところが、
信楽=二種深信を獲得していない人は、
極楽浄土への往生が「ハッキリ」しないから、

「生きている時」に「死んで極楽に生まれられる」という未来のことに疑いが晴れるのです、とおっしゃっていますが、まだ死んでもいないのに今、そんなにハッキリと後生未来のことが分かるのでしょうか。(2007.12.14 山田氏発言)

 ↑
こういうヘンテコ発言をして、
「メンタルテストです」とか、
後で苦しい言い訳すんのよね(苦笑)。

信楽と本願の関係がわかってないから、
法の深信を正確に解釈できてない
のね(苦笑)


というわけで・・。

7,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。

これも追加しておきますよ(苦笑)
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「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
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