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ちび●墓穴!(再掲)

うだうだ言ってるおじさんがいるので、再掲載しておきますわ。
おじさんは、みんなにボコボコにされたことを忘れている上に、
名義詐称をしてるみたいだけどね(苦笑)


以前ボコボコにされたことは、なかったことにして、
某巨大掲示板に、ちび●が登場しましたね。


636 :ちび丸:2008/09/06(土) 08:42:10 ID:QrmaZT+1
>若不生者の「生」に、現益やまして信楽の身に生まれるの意味があると書かれた聖人の著書はない。

親鸞聖人の著書には十八願全部を解説されたところはない?

でたらめ教学では、結局そう言うしかないよね。
その結果
「覚如上人、存覚上人、蓮如上人の三師は祖師に背いた解釈をした」
「祖師聖人の解釈に七高僧からの相伝はない」
「十八願は成就してない」
という結論になるのはFWM氏とのやりとり以降であきらかにした通り。
「若不生者」と書かれてなければ根拠にならないという
ばかな不勉強教学の結論だよ。

「生」は往生。
それ以外の解釈はない。



でも、速攻で潰されてるし(苦笑)。

654 :神も仏も名無しさん:2008/09/06(土) 11:19:18 ID:SSHL9SRG
>>636

> 親鸞聖人の著書には十八願全部を解説されたところはない?

唯一あるのが、尊号真像銘文です。その中で、現益の意味を補っておられながらも、
「若不生者」に関してはあくまでも当益で解釈しておられます。
何度も同じことを言わせないで下さい。

>「十八願は成就してない」

そんなこと誰が言いましたか? 十八願はもちろん成就しています。
(成就しなければ正覚を取らじと誓われて、法蔵菩薩は阿弥陀仏と成られたのですから、
もし成就していなければ、阿弥陀仏は嘘つきということになってしまいますよ。
そもそも、本願が成就したからこそ釈尊が「本願成就文」を説かれたんじゃないですか。)

ちび丸や、清森問答のコメント欄にヒステリックなカキコをしている人物は、
第18願に「全ての人を信楽にする」と誓われている、と言いたいがために、
あの手この手で強引にいろんな文章を引用していますが、
では、仮にその主張が正しいとした場合、
十方衆生は十劫の昔に信楽の身になっているはずですね?
「本願が成就した」とは「約束が果たされた」ということです。
「全ての人を信楽にする」が約束の内容であるならば、
その約束が十劫の昔に果たされたということは
「全ての人が信楽になった」ということでなければなりません。
これは事実に反します。

この矛盾を私は今までに何度も指摘していますが、
この点に関してはまだ誰からも反論がありません。
この矛盾点をクリアーしないままで、
第18願は「全ての人を信楽にする」という約束だ、
と主張すればするほど、矛盾点が鮮明になって墓穴を掘るだけだということに
気付かないのだろうか?



そんでもって、ぐちゃぐちゃ余計ないいわけしてもんだから・・。

673 :ちび丸:2008/09/06(土) 16:46:05 ID:drVEm3vB
>>654

>何度も同じことを言わせないで下さい。

こっちが言いたい。
お気に召さねば「御本典に十八願全文の解説はない」と言い換えましょうか。

>尊号真像銘文

一願該摂の御文ですが、何の根拠なんですか?
何度も言わせないでください。


674 :ちび丸:2008/09/06(土) 16:50:13 ID:drVEm3vB
>>654
>そんなこと誰が言いましたか?

成就文がなければ成就してないのです。
王本願が成就していれば欣慕の願の成就は問題ではありませんが
その反対は言えません。
田中氏は「若不生者」の成就はない、という立場でしたね。
名無しさん。

675 :ちび丸:2008/09/06(土) 16:59:34 ID:drVEm3vB
>その約束が十劫の昔に果たされたということは
「全ての人が信楽になった」ということでなければなりません。
これは事実に反します。

(笑)
ほんとに幼稚園児だったんですね。

阿弥陀仏の本願は「すべてのひとを救う」という本願ではなかったという主張らしい。

>十八願はもちろん成就しています。

それとも十劫安心か。
お相手はごめん被ります。

では今日はここまで。


678 :ちび丸 :2008/09/06(土) 17:21:20 ID:/nmFEKvb
ちょっと時間が余った。よく読め。

>一願該摂と五願開示

一願該摂というのは四十八願の解釈の方法で
法然上人が主にされたんですが親鸞聖人も書かれています。
十八願が選択本願で他の四十七願は欣慕の願という扱いですね。

しかし親鸞聖人は十八願を開いて五願に配当されて意を明らかに
されたんです。これが五願開示。

どちらが正しいということでなく、開合の違いといいます。

679 :ちび丸 :2008/09/06(土) 17:23:15 ID:/nmFEKvb
>一願該摂というのは四十八願の解釈の方法で
法然上人が主にされたんですが親鸞聖人も書かれています。
十八願が選択本願で他の四十七願は欣慕の願という扱いですね。

正信偈や田中氏が根拠に出した唯信鈔文意の「選択本願」は十八願を指しているから
この一願該摂の法門に当たる。

本師源空は、仏教にあきらかにして、善悪の凡夫人を憐愍せしむ。
  真宗の教証、片州に興す。選択本願、悪世に弘む。(正信偈)


 「乃至十念 若不生者 不取正覚」といふは、選択本願の文なり。
  (唯信鈔文意)


だが祖師聖人はこれだけではないんだよ。


680 :ちび丸 :2008/09/06(土) 17:24:21 ID:/nmFEKvb
如来二種回向文には十七、十八、十一願をあげて
「これらの本誓悲願を選択本願と申すなり。」と
十七願、十一願も選択本願とされている。

往相の回向につきて、真実の行業あり、真実の信心あり、真実の証果あり。

 真実の行業といふは、諸仏称名の悲願にあらはれたり。
称名の悲願、『大無量寿経』にのたまはく、「設我得仏 十方世界 無量諸仏 不悉咨嗟 
称我名者 不取正覚」

 真実信心といふは、念仏往生の悲願にあらはれたり。信楽の悲願、『大経』にのたまはく、
「設我得仏 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」

 真実証果といふは、必至滅度の悲願にあらはれたり。証果の悲願、『大経』にのたまはく、
「設我得仏 国中人天 不住定聚 必至滅度者 不取正覚」

 これらの本誓悲願を選択本願と申すなり。

この必至滅度の大願をおこしたまひて、この真実信楽をえたらん人は、
すなはち正定聚の位に住せしめんと誓ひたまへり。
 (如来二種回向文)


681 :ちび丸 :2008/09/06(土) 17:26:37 ID:qtbNF16F
十八願の信楽によって十一願の証果を得るのが難思議往生。

分相になったときには十八願は純粋に「信楽を与える」という願になって

「滅度を得る」という意味は無くなるから、信巻の最初は[正定聚の機] になる。

「念仏往生の願因によりて、必至滅度の願果をうるなり。」

分相の法門において滅度は十八願の結果ではない。


これすなはち念仏往生の願因によりて、必至滅度の願果をうるなり。
現生に正定聚の位に住して、かならず真実報土にいたる。
これは阿弥陀如来の往相回向の真因なるがゆゑに、無上涅槃のさとりをひらく。
これを『大経』の宗致とす。このゆゑに大経往生と申す、
また難思議往生と申すなり。(浄土三経往生文類)

682 :ちび丸 :2008/09/06(土) 17:27:32 ID:qtbNF16F
往相の回向につきて、真実の行業あり、真実の信心あり、真実の証果あり。

 真実の行業といふは、諸仏称名の悲願にあらはれたり。
称名の悲願、『大無量寿経』にのたまはく、「設我得仏 十方世界 無量諸仏 不悉咨嗟 
称我名者 不取正覚」

 真実信心といふは、念仏往生の悲願にあらはれたり。信楽の悲願、『大経』にのたまはく、
「設我得仏 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」

 真実証果といふは、必至滅度の悲願にあらはれたり。証果の悲願、『大経』にのたまはく、
「設我得仏 国中人天 不住定聚 必至滅度者 不取正覚」

 これらの本誓悲願を選択本願と申すなり。

この必至滅度の大願をおこしたまひて、この真実信楽をえたらん人は、
すなはち正定聚の位に住せしめんと誓ひたまへり。
 (如来二種回向文)

さきに出した回向文。回向とは「与える」ということ。

他力の行を与えるという誓願が十七願。

他力の信を与えるのが十八願。

他力の証果を与えるのが十一願。

ちゃんと書いてあるだろ。


683 :ちび丸 :2008/09/06(土) 17:28:35 ID:wp+JR0yG
この必至滅度の大願をおこしたまひて、この真実信楽をえたらん人は、
すなはち正定聚の位に住せしめんと誓ひたまへり。
 (如来二種回向文)

正定聚の位につくのも十一願による。
十八願で信楽を獲たひとは正定聚の機になるのと
十七願の名号をいただいたひとがつく位だから
本来は十一願で獲る位だが
十一願と共通するので信巻巻頭に書かれている。

成等覚証大涅槃(正信偈)も意は同じ。

純粋な意味で十八願は「信楽を与える」という意味になる。

相伝義書で「若し信心生まれずは」という口伝になっているのは
少なくともその部分は相伝義書は正しいということ。

684 :ちび丸 :2008/09/06(土) 17:32:57 ID:wp+JR0yG
学者の解説がほしければまた後日。



見事に墓穴を掘って、
・田中氏の主張が正しいこと。
・親鸞会の主張が誤っていること。
を証明してしまいましたとさ(苦笑)。


688 :神も仏も名無しさん:2008/09/06(土) 18:21:22 ID:SSHL9SRG

●●● 墓穴を掘ったちび丸 ●●●

 ちび丸の説によると…

    ┌至心信楽 ─ 18願 ─ 信楽を与える
18願─┼若不生者 ─ 11願 ─ 信楽の者を、浄土往生させる
    └その他

> 分相になったときには十八願は純粋に「信楽を与える」という願になって

分相の18願は、「信楽を与える」という約束
分相の11願は、「信楽の者を、浄土往生させる」という約束

だから、18願は「信楽を与える」という約束、とは一応言える。

しかし!!

分相の18願に対応するのは、「至心信楽」
分相の11願に対応するのは、「若不生者」

なので、一願該摂で「信楽を与える」に対応するのは「至心信楽」でなければならない!!!

田中氏の「不体失往生の根拠は、至心信楽だ」という主張を、全面的に認めたわけだ。


689 :神も仏も名無しさん:2008/09/06(土) 18:31:11 ID:SSHL9SRG

ちび丸も元会員を自称するからには、

五願開示で、

分相の18願→至心信楽
分相の11願→若不生者

だということは、知っているだろうな。

親鸞会の教学解説書(かなり古いものだが…)にも載っていたし、
講師試験に出たこともある。

というより、浄土真宗の常識だ。



分相の18願が「必ず信楽にさせる」と認めたということは、
  「必ず信楽にさせる根拠」は「至心信楽」だと認めたわけだ。

分相の11願が「必ず浄土往生させる」と認めたということは、
  「必ず浄土往生させる根拠」は「若不生者」だと認めたわけだ。

 チューリップの間違いと、田中氏の主張の根拠を、同時に教えてくれて有難う。




690 :神も仏も名無しさん:2008/09/06(土) 19:44:01 ID:GFgl1Rj+
>689

田中さんが、不体失往生の根拠は「信楽」だと言われていましたが、理由が分かりました。
ありがとうございました。


692 :神も仏も名無しさん:2008/09/06(土) 20:19:28 ID:lrMY6LrS
>>688

ちび丸涙目w



結局、証拠十分で有罪が確定している人の弁護
みたいなことをすると、喋れば喋る程ぼろが出ちゃうのよね(苦笑)。


ところで、この議論はこれだけで終わんなくて、
もっとおもろい論点が出されました。

とてもおもろいネタなので、次回に続く!

※続きはこちら
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「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
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