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「信楽の身」になるための働き

これを読んだら、「若不生者の念力」とか、怪しいドグマは必要ないことがわかります(苦笑)。

清森問答 質疑応答138コメント覧より

B(本物)さんの解説

あなたは善導大師の「両重の因縁」を知らないのですか?
(親鸞会の教学聖典にもありますよ。)
その中で、名号が因、光明が縁となって、信心が獲られると教えられています。
つまり、信心の体は名号であり、それを与えようとする働きが光明(調熟の光明、破闇の光明)です。

名号は第17願で誓われていますし、
光明は第12願で誓われています。

(私の説明が「ぶっきらぼう」でも、『執持鈔』 【四・光明名号因縁の事】 (p.685) に丁寧に書かれていますから、それを読めばよく分かりますよ。)

ですから、私達が信心(信楽)を獲得するのは阿弥陀仏のお力であることに間違いありません。「第何願か?」については、第12願と第17願と言えます。

しかし、
「阿弥陀仏のお力によって信楽を獲得する」ということと、
「『全ての人を信楽にする』と第18願に誓われている」ということとは、
明確に区別しなければなりません。
第18願(のみならず48願全体)は十劫の昔に成就したのですから、
「『全ての人を信楽にする』と第18願に誓われている」が正しいならば、
全ての人は十劫の昔に信心獲得しているはずですよ。
これでは十劫安心になってしまいます。
第18願が成就したというのは「信心を獲た人を浄土に往生させる」というシステムが名号となって十劫の昔に完成したということであって、その名号を与えるために阿弥陀仏は今もずっと光明を私達に降り注いでくださっています。
これで完全に筋が通ります。



清森問答 質疑応答139コメント覧より

B(本物)さんの解説

第18願の内容は、直接的には
「信心を獲た人に当益を与える」ですが、この願が成就したことによって、
信心を獲た一念で、当益が得られることが確定し、副産物として現益も獲られます。
ですから、成就文には現益が説かれていますし、親鸞聖人も『尊号真像銘文』(p.586)に、「乃至十念」と「若不生者」の解釈の間に現益の意味を挿入しておられます:
「この真実信心を得む時、摂取不捨の心光に入りぬれば、正定聚の位に定まると見えたり。」
ですから、結果的には現当二益が誓われていると理解できます。

ただし、その「現益」も、真実信心を獲得することによって獲られるものであって、
「信心」と「現益」とは因果関係にあります。
一念同時ではありますが、決して同じ概念ではありません。

「信心を獲た人に現当二益を与える」と誓われた、という理解は正しいですが、
「全ての人に信心を与える」と第18願で誓われた、ということにはなりません。



清森問答 質疑応答140より

清森さんの解説

●難思の弘誓は難度海を度する大船

「難思の弘誓」とは、弥陀の18願のことです。
「難度海を度する大船」とは、この娑婆世界から、浄土まで渡して下さる船という意味です。

 ですから、これは「18願は、必ず浄土に連れていく誓いである」と親鸞聖人が仰ったお言葉です。


●無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり

「無碍の光明」は阿弥陀仏のお力のことです。
「無明の闇を破する」とは、信楽になることです。

 ですから、「阿弥陀仏のお力によって信楽になれる」と仰ったお言葉です。


 では、これを、「命をかけて、必ず信楽にさせてみせる約束」と言い換えて良いでしょうか?

 光明を誓われたのは12願ですが、どこを探しても「必ず信楽にさせる」とは誓われていません。12願をそのように解釈されている善知識も1人もありません。

 また、これを五願開示に当てはめて、「信」の働きと、言えないことはありませんが、12願にさえ「命をかけて、必ず信楽にさせてみせる」と誓われていませんので、まして18願を「命をかけて、必ず信楽にさせてみせる」と解釈するのは無理があると思います。


 喩えにつきましては、「Aならば、必ずBにする」という文章と、「必ずAにする」という文章は、決してイコールにならない、ということを示すためです。

 何でも、かんでも当てはめないで頂きたく思います。私が、何を喩えているかという、本質を分かって頂けば、このような誤解は無かったと思いますが、文章力不足をお詫び致します。

 もちろん、「Aの力によって、Bになる」という文章と、「Aは必ずBにすると誓っている」という文章も、イコールではありません。

 この辺りを、混同して考えている方が、多いように思います。



 私も、長年信じてきた、「命をかけて、必ず信楽にしてみせる」という解釈が、間違っているとは思いたくありません。

 どこかに、そのような根拠は無いかと、徹底的に探しました。

 皆さんから質問されるような内容は、すべて検討済みのものばかりです。

 しかし、残念なことに、調べれば調べるほど、明らかになるのは「必ず浄土に生まれさせる」という解釈以外は有り得ない、ということです。



 皆さんが、何とか18願を、「必ず信楽にしてみせる」と解釈したいという気持ちは、痛いほどよく分かりますが、釈尊も、善知識方も「必ず浄土に生まれさせる」としか解釈されていないという歴史的事実は曲げようがありません。


 高森先生は、おそらく個人的な味わいで「信楽に生まれさせる」と言われているのだと思います。

 ですから、「釈尊、善知識方とは違う、個人的な味わい」ということを、よく踏まえた上で、聴聞されたら良いと思います。



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comment

Secre

No title

苦笑(本物)さん

「若不生者の念力」とか、怪しいドグマは必要ないことがわかります(苦笑)。

やっぱり、そうですか。

清・問答を読んでいて、若不生者の念力ってどこに書いてあるのかなと思っていました。

この上記のコメント欄から派生した山も山さんのHPにも
http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/  

「不可称不可説不可思議の信楽」の言葉があるのですが、

こういうお言葉があるのですか?

私も、以前、ここのHPにななしの名で少し書き込んだんですが、全然、しっかりと人の意見を読んで答えてないので、こりゃなんだっていう感じで、やめ、その後は、不思議に送信も出来ません。


ここを覗きに来られる方、増えているそうで良かったですね。

私、あまりに苦笑(本物)さんが、何でも知っているお方なので、私は、ただ単純に変だなと思った事を質問したいと思います。

私が今、お邪魔している毎日さん達も、何でも分っておられるので、とても有り難いです。

でも、親・会独自のお言葉は、やはり親・会会員を体験した方からお聞きした方がいいかなって思って書き込みました。

変な質問ばっかりでも笑わないで下さいネ。

No title

続けて質問させて下さい。

http://shinshu.in/forum/forum.cgi?act=select&id=2&pastno=0&vine=14&page=0

当流は廃立肝要なり。(親鸞聖人・御遺言鈔)

のお言葉が書いてあったので、上記のように調べてみました。

済みませんが、御遺言鈔とは、何処かにあるのでしょうか?

私、ずっと、親・会で聞いてきても、同じ場所ばかり聞いていたと思います。

「なぜ私は親鸞会をやめたのか」の中にも書いてありましたが、
御文章2-11の箇所でえすが、善知識の能というは・・・最初の五重の義成就せずば往生はかのふべからすのところばかりでしたが、よくよく拝読させて頂くと、
「しかれども、帰するところの弥陀をすてて、ただ善知識ばかりを本とすべきことおはきなるあやまりなり・・・

今にして思えば、都合の良いところばかり引いておられたのだと思います。

No title

「不可称不可説不可思議の信楽」の言葉があるのですが、 の私の質問に対し、検索しました。

おおよそ大信海を案ずれば、
   貴賎・緇素を簡ばず、男女・老少を謂わず、
   造罪の多少を問わず、修行の久近を論ぜず、
   行にあらず・善にあらず・頓にあらず・漸にあらず・
   定にあらず・散にあらず、正観にあらず・邪観にあらず・
   有念にあらず・無念にあらず、尋常にあらず・臨終にあらず、
   多念にあらず・一念にあらず、
   ただこれ不可思議・不可説・不可称の信楽なり。
   たとえば亜伽陀薬のよく一切の毒を滅するがごとし。
   如来誓願の薬は、よく智愚の毒を滅するなり。

   (教行信証・信巻)

上記のお言葉を覚えていたので、違和感があったのだと思います。

失礼しました。

お陰様で、また一つ、親鸞聖人のお言葉を知る事が出来まして有難いと思います。

仕事中なので、まだじっくり検索していないので、若し山も山さんがご指摘の場所があったら申し訳ないです。

でも、御遺言鈔で再度検索しましたが、親・会関連でしか見つかりませんでした。以上途中報告でした。

私は・・

>?(本物)さん
まず、誤解があるといけないので最初にお断りさせていただきます。
私のお友達には、親●会関係の方も、脱親●会の方もいますが、
私自身は現役親●会会員ではもちろんありませんし、元親●会会員でもありません。

また、浄土真宗の学者でもありませんし、布教師でもありません。
あくまで、親●会のインチキ法論とヘンテコドグマをわかりやすく整理し、
さらしものにして苦笑することを趣味(悪趣味?)にしている、
ツッコミ專門の素人エンターテイナー(?)という設定です。(^^;

ですから、浄土真宗に関して踏み込んだ専門的な質問を頂いても、
不勉強故にきちんとお答えすることができず、
ご期待に添えない場合があると思いますので、
その点はご了承いただけたらと思います。

その代わり、これまでネット上に議論にあがったことなど、
私の知っていることに関しては、面白おかしくかみ砕いて整理したりするのは、
得意としておりますので、そういう位置づけにしていただきたいと思います。

廃立って。。

というわけで・・素人なりに浄土真宗聖典・検索システムで「廃立」を調べたんですが、

http://www2.hongwanji.or.jp/kyogaku/kensaku/

該当する言葉ってないですよね。。

ついでに言うと、清●問答の質疑応答の87で、
「三重廃立」ってのが、別に浄土真宗の伝統的な概念でないという話がされていたんですが、

http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-100.html#comment_area

そのコメント覧に、「ああさん」が書いていた、

>当流は廃立肝要なり(蓮如上人)

も、検索しても見つかりませんでした。。

清●問答の「親●会教義の相対化」でチクチク指摘されてますけど、
親●会の人って、親鸞聖人の言葉!蓮如上人の言葉!とかよく言うわりに、
結構、典拠とかの扱いが適当なんで、それがほんまかどうかってのは、
いちいち自分の手で資料に当たって確認してみないと怪しいもんだと思いますね(苦笑)。

あと、検索システムとも対応してるし文献学的な作業も丁寧にしてあるし、
注釈なども充実しているので、親●会で使っている法蔵館のやつじゃなくて、
西本願寺で出している新しい『真宗聖典』を使った方がいいんじゃないかなと思います。

あれを使うメリットって、「高●先生が昔から使っている」ということだけですよね。

==「廃立」の検索結果==

21 口伝鈔

891-14
和尚の御こころによるに、すでに報身・報土の廃立をもつて規模とす。しかれ
ば、「観彼世界相 勝過三界道」(浄土論 二九)の論文をもつておもふに、三界

1件
22 改邪鈔

931-7
ども聖道門の此土の得道といふ教相にかはらんために、他土の往生といふ廃
立をしばらく定むるばかりなり。和会するときは、此土・他土一異に凡聖不二

931-10
るか。しかれども、廃立の初門にかへりて、いくたびも為凡をさきとして、道
場となづけてこれをかまへ、本尊を安置したてまつるにてこそあれ、これは行

936-2
要とするにや。この条、総じては真宗の廃立にそむき、別しては祖師の御遺
訓に違せり。正行五種のうちに、第四の称名をもつて正定業とすぐりと

937-3
性相に異する自宗の廃立、これをもつて規とす。しかるに往生の信心の沙汰
をば手がけもせずして、没後葬礼の助成扶持の一段を当流の肝要とするやう

940-7
 それ自宗の正依経たる三経所説の廃立においては、ことしげきによりてし
ばらくさしおく。八宗の高祖とあがめたてまつる龍樹菩薩の所造『十住毘婆

941-8
いくたびも廃立をさきとせり。「廃」といふは、捨なりと釈す。聖道門の此土
の入聖得果・己身の弥陀・唯心の浄土等の凡夫不堪の自力の修道を捨てよと

941-13
宗とす。しかるに風聞の邪義のごとくんば、廃立の一途をすてて、此土・他
土をわけず浄・穢を分別せず、此土をもつて浄土と称し、凡形の知識をもつて

7件
34 蓮如上人御一代記聞書

1286-7
便をもつて真実をあらはす廃立の義よくよくしるべし。弥陀・釈迦・善知識
の善巧方便によりて、真実の信をばうることなるよし仰せられ候ふと[云々]。

1件

No title

苦笑(本物)さん

お返事ありがとうございました。

私は、今まで、本当に、仏教も勉強した事がなく、今は、どんなお言葉にも興味があって、ついつい聞いてしまいました。

申し訳ありません。

では、苦笑(本物)さんの得意としておられる
面白おかしくかみ砕いて整理されている文章を読んでいきたいと思います。

苦笑(本物)さん、頑張って下さい。

申し訳ないです。。

> ?(本物)さん
パワー不足で申し訳ないです。。

清森問答の清●さんは、質問には基本的に絶対答えてくれるみたいですし、
質問は匿名でもOKみたいなので、清●さんに聞いてみるのもいいかもしれませんね。

 QWN01215@nifty.ne.jp

そんでもって、清●さんから教えてみらえたら、私にも教えてください!!

いずれにしても、ネットを使って簡単に聖典の検索も可能ですから、
私達は、情報量としては昔の人を遥かに凌ぐものを持つことが可能です。

それだけに、そうして得た情報をきちんと整理し、
資料を正確に読んで、正しい論理で解釈することが大事になるんですよね。

私は、今後もそういう堅実な作業を行いながら、
ウィットに富んだギャグセンスも、併せて磨いていきたいと思っております(笑)。

若不生者の念力

「若不生者の念力」は、新しいドグマというよりも、大沼法龍の言葉です。
高森が大沼法龍からパクった数多くの言葉の中の1つです。

http://takamoripakuri.blog50.fc2.com/

このサイトには、以下のように書かれています。

また、大沼師はその御著書で何度も「若不生者の念力で救われる」と
言われている。例えば

若不生者の念力に切り堕とされた時至心信楽己を忘れた大満足を獲る
(歓喜の余滴 下巻 お知らせ)

ありがとうございます!

>通りすがりさん
コメントありがとうございます!

仰る通り、「若不生者の念力」という言葉は大沼先生のパクリだと思うんですが、
「味わい」レベルだったものをドグマ化して、
文献通りに素直に読んだ解釈を退けるまでに徹底した功績(?)は、
高●先生と親●会によるものである気がします(苦笑)。

自分で構築した概念はいくらでも応用が利くんですが、
どこからか持ってきたものは、土台がないもんだから応用が利かないものですね(苦笑)。
親●会ドグマに染まっている人を見てると、そんな印象をうけます。

No title

> ?(本物)さん
どうやら「当流は廃立肝要なり」という言葉は捏造の可能性が高そうですね(苦笑)。

「当流は廃立肝要なり」は誰の言葉??
http://nigawaraihonmono.blog59.fc2.com/blog-entry-53.html

有難うございます。

苦笑(本物)さん

有難うございます。

私、別に難しい事、ひとつも言っていないと思うんですよね。

折角、パソコンで色々やっているなら、自分が聞いてきた教えを知ろうとするのが、自然なことだと思うんです。

親鸞会の教えを、徹底的に、色んなHPに書いてあることと比較していくと、その教えが、どうも親鸞聖人の教えと違うということが、分ってくると思います。

私、別なHPで、「蓮如上人」の事、少しずつ書いています。
そこには、「割符」のお言葉も出てきます。(これから出てきます、又、覗いて見て下さい)
百年前には、本願寺でも、このように話をされていたようですが、三業惑乱のような時代背景があったせいなのか、そういう原因で、蓮如上人の影も薄くなってしまったのか分りませんが、私は、蓮如上人が御文を残して下さったお陰で、信心決定させて頂いたと思っています。

まだまだ、よく知らないことばかりなので、このようにお答え下さいまして、本当に有難いと思います。

私は、普通のおばさんです。書いている時は、夢中で書いていますが、後で読んで見ると、やっぱりこれは私でないなと、いつも思います。

きっと、いつかは、みんなが御縁頂き、弥陀の浄土でお会いできるといいですね。

「あ、君、確か人間界では親鸞会で頑張っていたんだね、実は僕もなんだ、今度は、何処に済度に行こうかな」なんて、お話出来る日があるかも知れません。

苦笑(本物)さん、又、教えて下さい。

有難う御座いました。

No title

>極悪人さん
いえいえ!どういたしまして!
資料に書いてあることをそのまま正確に読んで素直に受け取っていけばいいのですから、
別に何も難しいことではないんです。

そこにわけのわからないドグマを注入するから、本当はよくわかるものが、
わけわかんなくなるんですよね(苦笑)。

私も基本的に温厚で人畜無害な人物です(笑)。
チ●ーリップ企画や親●会にとっては、とても害の大きな存在だと思いますけど(苦笑)。
プロフィール

苦笑(本物)

Author:苦笑(本物)
「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

みんなの人気者(?)苦笑が言いたい放題暴れます。
賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
放置プレイにするか、愛(?)を込めて返事を書くかは、
その時の気分しだいだけどね(笑)。

メル友慕賞中!!
nigawaraihonmono@gmail.com

※私にメールで質問してもエエけど、
 解答はQ&Aでみんなにシェアするかもしれません。

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