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「地獄秘事」ってこんなのよ。

21世紀の浄土真宗を考える会 地獄秘事ってどんなのでしょう?  より無断転載

『真宗大辞典』 第三巻 1528頁(永田文昌堂刊 ISBN4-8162-0101-7 C1515)より
(改行、かなづかい、数字表記などは少し変えてあります。ボールド体の強調は私がしました。)

真宗の異安心の一種。
我が身は地獄必定なりと思いつめるを信心なりと主張するを以て、この名を得たのである。
寛政の頃近江国(滋賀県)に東本願寺末寺なる光常寺(同県坂田郡息長村大字新庄に在り)、その外、春道、兵左衛門、次右衛門、彌惣治、丹蔵の5人が主として之を唱え、寛政11年(1799)2月彼等は本山に招致せられて、嗣講鳳嶺の調査を受け、遂にその教諭に服従して局を結びしと云う。
この秘事の徒の主張せし要点は、

一に二種深信は謂ゆる信機と信法との二種にして、二種は同時に起こるに非ず、前後に起こるのであって信機は前なり、信法は後なり。故にまず機を信ぜねばならぬ。既に蓮如上人の御文に「我が身はわろきいたづらものなりと思ひつめて」とあるによりて、我が身はいよいよ地獄ゆきに必定の者なりと落ちきらねばならぬ。かく落ちきれば助くる法は仏の手許に存するを以て、之を眺むるに及ばない。若し誤って法を眺めんとすれば、是れ本願に手をかくるものにして自力である。眺めざるは是れ実に深く法を信じたるなりとして、地獄必定の者なりと信ずるのみを以て信心となした。

二に南無阿弥陀仏の六字の意は機と法の二である。若し阿弥陀仏のみを信ずるときは、遂に南無の二字を信ぜざることゝなる。然るに南無の機を深く信ずるときは、自ら法にもとづくなりとなした。是れ南無の二字と阿弥陀仏の四字とを引き離して、機のみを信ずる説を助成せんとしたのである。

又彼の徒は、御文は一往の説にて月を指す所の指の如くなれば、深く拘泥すべきにあらずと云い、

又、決定心は行者に求むべからず、然るに今時決定したと思い、或いは頼みしと思い、或いは信じたと思うは悉く自力心にして、本願に手をかけたのであると云い、

又絵像木像は虚仮にして、実の仏体は名号なりとして、仏像を軽視したと云う。

江州異安心御教誡と題する調査書に出づ。







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