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ものすごく納得がいく、スマナサーラ長老の因果論

テーラワーダ仏教ゴータミー精舎日記より
http://gotami.j-theravada.net/

質問者への長老の回答
 ↓ ↓ ↓

質問3 結局のところ、お釈迦様が説かれた「自業自得」とは、(1)「自分に起る幸不幸の出来事は"すべて"自分の責任である」ということなのでしょうか? あるいは、(2)「自分に起る幸不幸の出来事は自分"にも"責任がある」ということなのでしょうか? あるいはもっと適切な理解の仕方があるのでしょうか? 個人的には、(2)ならば、まぁ納得できます。だって「全部社会や周りのせい」も極端ですし、「全部自分のせい」も極端じゃないですか? 同じ境遇でも幸福に感じるか、不幸に感じるかは人によって違います。そういうところは「自業自得(自分で何とかできることだから)」かもしれませんけど、「これは自分の責任ではない、社会の問題だから、社会で解決してもらわなくては」と、社会を変えるように頑張ったほうが、公共の福祉(たくさんの人の幸福)に繋がる場合 だってあると思います。

答え  正確に言えば、「起こる出来事」は自業自得ではないのです。純粋な出来事、という意味では自業自得の面もあり、他業自得の面もあり、まとめて言えば多業多得です。自分、他人、社会情勢、自然環境といったさまざまな因縁が重なり合って複雜な現象が成り立つのです。唯識思想ではあるまいし、初期仏教では現象としての外界の存在をきちんと認めています。それをすべて無視して自業自得というのは、極論であり邪見です。

  社会というのは単なる現象ですから、無常・苦・無我であって、因縁関係の流れであって、それ自体は究極的には無価値なのです。無知な人間が作った社会で、仮に作られた約束事にもとづいて、争って苦しんでいます。人間の身体とおなじく、国家も社会もメンテナンスしなければおかしくなってしまう。だから、構成員一人ひとりが、社会をよりましな現象の流れに変えていくように頑張るしかないのです。しかし、そこに完璧な正解というものも成り立たない。つねに試行錯誤しながら、社会を構成している生命が幸せでありますように、という慈しみの動機付けをもって、理性的に社会と関わる中道的な生き方をするということが答えなのです。

 多くの因縁で構成された「出来事」を個人レベルの自業自得に還元することは行き過ぎです。ましてや他人を差別したり不正を正当化したりするために使うなどもっての外です。しかし、個人が出来事に直面した時に成り立つ「幸不幸」は主観的なものですから、あくまで自業自得なのです。ある「出来事」を幸福と感じるのも自分、不幸と感じるものも自分、だからです。同じ現象の流れに対して、自分がどう向き合うか、どうはたらきかけるか、というのは自分で決めるしかありません。また過去においても自分で決めてきたのです。このように、複雜な因縁の絡まりあいである現象に対する反応がすなわち自業であって、その自業が次の自分をつくっていく(自得)という意味で、自業自得です。先ほど述べたように、現象に対する反応(感受=心)の流れが輪廻であって、輪廻の見方からすれば、自業自得しか成り立たないのです。そのように厳密な真理として自業自得を認めることで、人は向上への道を歩むことができるようになります。(終わり)




上記に対する、オイラのお友達(♀)の感想
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ものすごく明晰。
「出来事」と「出来事の結果おのおのが抱く心情」をごちゃまぜのままに、他人に対して「あんたの業のせいである~。」などと言ってはいけないのだ。
とってもスッキリした。

嫁いだ家のお寺にお上人がおらず、仏縁の薄いところへ嫁いだのが私の業なのではなく、その状況を幸せに思うか不幸せに思うかということが私の業に左右されるのである。
高校を出た若者は進学するにも就職するにも地元をはなれて都市部に出て行かなければどうしようもない田舎で、若者はどんどんへり、年寄りばかりが取り残されている。親が死んだって、葬式のためにちょこっともどってくるだけだ。年寄りが死んでしまうとそれで地元のその家は絶えてしまい、門徒の数はどんどん減って行く。お寺さんだって、そんな田舎に常住の人員を配置するより、都市部に手厚く配置しておいた方がお金的に有効性を生むので、そうするのである。
業の深い人間が田舎に生まれて仏縁から遠のくのではない。
田舎がさびれゆくのは、田舎の事をかえりみず、どんどん切り捨てて行った国政の責任によるところが大きい。
個人の業のせいならば、業の深いモンがじゃかすか田舎に生まれ落ちて、今頃田舎は大盛況であるだろう。






流石や~。 この「業」理解が仏教の正統やね。

「環境」に基づいて「楽」「苦」を感じる「オレ」と、
それ自体は「楽」でも「苦」でもない「環境」をごっちゃにして、
それにまで「オレ」の責任を当てはめると、
とんでもない差別思想になっちゃうねん!!
 
ヘンテコドグマ野郎(※)は、これは最低四十八回熟読せよ!!

※こいつ。
 ↓
静かな劇場 因と縁
http://blog.goo.ne.jp/345shigure/e/d05e56dce8576055cd0c909f00bd3ac6
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賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
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その時の気分しだいだけどね(笑)。

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