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「阿弥陀仏の本願」も勉強し直した方がいいんじゃね?(苦笑)

親●会ドグマに染まっている諸君は、
「阿弥陀仏の本願」も勉強し直した方がいいんじゃね?(苦笑)
 ↓ ↓ ↓

清森問答 質疑応答180 より

【質問】


 清森問答で、以下のように教えていただきましたが、親鸞聖人の教えは三願転入ですから、十九願の善として財施も勧められているのではないでしょうか。よろしくお願いします。


> また、親鸞会に対する「財施」を、信心決定と結びつけて教えられることも問題だと思います。親鸞聖人は、「信心決定のために、財施に励め」などとは、どこにも教えられていません。



【回答】


 結論から言いますと、親鸞会では十九願の善は勧められていません。親鸞聖人は、十八願に入るために十九願の善を実践せよとは仰っていないからです。

 十九願では、諸々の功徳を修めた者を、臨終に救う(化土往生させる)と誓われています。臨終の救い(化土往生)を求めて、善を修めることを十九願の善というのです。信心決定を求めて、善を修めることを十九願の善とは言いません。

 十八願では、信楽の者を必ず浄土往生させると誓われています。信楽になるのは聞即信の一念であって、そのために善を修めなければならないとは教えられていません。

 つまり、十九願と十八願では、まったく方向性が違うのです。親鸞会の教え方では、十九願を進んだ先に十八願があるように誤解させます。

 親鸞聖人の三願転入の御文も、十九願ではダメだった、二十願でもダメだった、十八願では救われた、ということであって、十九願を進んだ先に二十願があり、二十願を進んだ先に十八願がある、という意味ではありません。

 今の親鸞会は、十九願の理解も、十八願の理解も間違っています。

 信心決定を求めて善を修めるのは十九願だと思っているのも間違いならば、十八願の救いに遇うために善に励むのも間違いです。

 このように書くと、「親鸞会で、『善をすれば信心決定できる』などと言ったことは無い」と反論が来るでしょう。

 しかし、親鸞会の会員さんに、「何のために活動に頑張っているのか?」「何のために御報謝を出しているのか?」と尋ねたら、どう答えるでしょう。

 当然、「信心決定のため」と答えるでしょうね。講師部員でも同じだと思います。

 この現状が、何よりも親鸞会の間違いを物語っています。





初心者のためのとってもよいサイトが出来たから、
ドグマを注入された諸君もこれを読んで勉強してね。
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やさしい浄土真宗の教え(苦笑の独り言より)
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