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Q&A(20)「回向」について、通仏教的な意味を教えてください。

Q。
「回向」について、通仏教的な意味を教えてください。


A。
「回向」(「廻向」)を理解するには、「業の理論」からお話する必要があります。

業の理論は、「善因楽果・悪因苦果」と「自業自得」という原則で成り立っていますが、
善因から楽果が生じ、悪因から苦果が生じるまでには、ある時間が介在します。

「盗みをして速攻で逮捕されてしまった」というように、
この介在する時間は、一瞬後かもしれないし、
あるいは時間がとても長く介在して、業の結果が及ぼされるのが現世ではなくて、
来世かもしれないし、次の次の生涯かもしれません。
そして前世やあるいはもっと前からの業の影響が現世に及んだ場合もあり、
その場合は「宿業」と言われます。


この善因が楽果に、悪因が苦果に、異熟して結果を出すまでのあいだ、
善因・悪因ともに、影響力を残します。

善因、すなわち善業(善い行為)が後に残す影響力を、プンニャ(功徳・福徳)といいます。
悪因、わなわち悪業(悪い行為)が後に残す影響力を、パーパ(罪)といいます。

善因=善業 → 功徳・福徳(時間の介在) ⇒ (異熟) ⇒ 楽果
悪因=悪業 → 罪    (時間の介在) ⇒ (異熟) ⇒ 苦果


「善因楽果・悪因苦果」と「自業自得」という業の原則は絶対ですから、
例外はないのですが、 仏教においては「これを超越できる」としています。

それが「廻向」です。

仏教においては、悪業をやっての「罪」は、廻し向けることはできません。
他人に自分の罪をもらってくれということはできないんですが、
功徳の方は、他人に向けることができます。

それを「廻向」と言います。

この「廻向」という考え方は、先祖供養という形で、
『増支部』「ジャーヌッソーニ章」(アングッタラニカーヤ、V269)にも存在しますから、
なにも大乗仏教に限らず存在した考え方です。
(藤本晃『功徳はなぜ廻向できるの?』国書刊行会参照)

ちなみに、阿弥陀仏の本願力は、阿弥陀仏から衆生に対する「廻向」なわけですが、
「廻向」を、この「他力廻向」だけに限定するのは浄土真宗だけに限定された文化です。

これをまず押さえておく必要があるでしょう。
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>けんちくりん(24.155.143.210.ap.yournet.ne.jp)さん
ショウモナイ書き込みなので、削除&ブラックリスト登録&ID晒し者の刑に処す。
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「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

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賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
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