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【ツッコミ依頼】降誕会2日目にツッコミ!(3)釈尊の出世の本懐は・・。

【依頼者】

また、この後、教とはお釈迦様の教え、お釈迦様が仏の覚りを開かれてそれを説かれたのが仏教、というような話の流れがはいり、以下のような会長の発言が出てきました。


お釈迦様が仏の覚りを開かれてから亡くなられるまで、45年間説かれたことを書き残されたもの、全部記録されたものが一切経となって今日残っています

その仏教の根幹、それは因果の通理です。一切経を貫いている仏教の根幹、これを因果の通理といいます。因果の通理を知らなければ、教えに従うこては出来ません。


ここで因果の通理の説明が入ります。


そして、以下また会長の発言です。


ここから(因果の通理から)出てくるのは、どういう教えかというと廃悪修善という教えです。

この仏教の廃悪修善の教えは、「白道燃ゆ」という本にこういう話がのっています。読んでください。


鳥の巣禅師と白楽天のはなしが入ります。そこから、以下のような会長の発言になります。


さっき因果の通理の話終わっていったら、みんな思っとったやろ。結局は廃悪修善、仏教はそんなもんか、倫理道徳に毛が生えたようなものか。わしゃよく知っとる。一回聞いたら、もう(聞き)に来んでもいいや。

三歳の子供でもこれを知るが百歳の翁でも行うことは難し。

みんな聞けゃわかる。けど、知ってはおるけれども出来るか?

そんな事(廃悪修善)くらい出来るわ、とみんな思っとるんです。

自分の事馬鹿や思って、自分で口に出して馬鹿と言っとっても、人から言われると腹が立つ。

実際悪が止まるのか。本当に今まで仏の眼にあったような真の善をした事があったのか?これを実際やった親鸞聖人が、歎異抄に「いづれの行も及ばなき身なれば、とても地獄は一定すみかぜかし」と言われているんです。教行信証にも至るところに言われておるんですけれど。これは、歎異抄のお言葉です。

親鸞聖人の地毛国堕ちるに間違いない親鸞だったという告白ですよ。

すべての人は、悪人だ。どれだけ悪を止めよと言われても、悪の止まない、善い結果が来るからと、どれだけ善を勧めても善の出来ないもの。


弥陀五劫思惟の願をよくよく案ずればひとえに親鸞一人を助けんがためなりけり(歎異抄)

阿弥陀仏の本願が、すべての人間は悪人だぞ、親鸞お前は悪人だぞ、と阿弥陀仏が見抜いて約束されているのに、親鸞しらなんだ。それが知らされて、こう言われているんです。

私達1人1人が私1人の本願でしたとなった時が願に相応したときなんです。

助かる縁手がかりがないものが、私でした、と如何に知らせるか?これがお釈迦様の教えなんです。

一度聞いたら、あ~わかったというものでは絶対にないんです。

すべての人の本願の姿を知らせるために、お釈迦様は廃悪修善を徹底的に教えておられるんです。

「教」に従うとは、廃悪修善をやってみて知らされるのは、出来ない自分。極悪人であったと知らせるかために、お釈迦様の教えがあるんですよ。


だから、悪人正機とこの言葉の説明がありました。



【苦笑】

はいはい(苦笑)。

●「与仏教相応」といふは、この『浄土論』のこころは、
釈尊の教勅、弥陀の誓願にあひかなへりとなり。『尊号真像銘文』

と親鸞聖人が仰っておられるように、

★「釈尊の教勅、弥陀の誓願にあひかなへり」=「与仏教相応」

なわけやけど、

★釈尊の教勅=弥陀の誓願に「あひかなへり」

でなければ、浄土真宗においては「与仏教相応」とは言えまへ~ん。


そんでもって、釈尊が一番お説きになりたかった、
「出世の本懐」は何かっちゅうことに関して、
法然上人は以下のように仰っておられます。
 ↓

●釈迦も、世に出で給ふ事は、弥陀の本願を、説かんと思しめす御心にて候へども、
衆生の機縁に随い給う日は、余の種々の行をも説き給うは、
これ随機の法なり。 佛の、自らの御心の底には候はず。
されば、念仏は、弥陀にも利生の本願、釈迦にも出世の本懐なり。
余の種々の行には、似ず候うなり。 『津戸三郎へつかはす御返事』

(訳)
釈尊がこの世に現れたというのは、阿弥陀仏の本願を、説こうと思う御心からであったのだが、
人々の気質の違いや状況に応じて、種々の行をお説きになられた。
しかしそれは人々の能力に応じたのであって、 決して釈尊の本心によるものではなかった。 
だから念仏は、 阿弥陀仏にとっては、人々を漏れなく救うための本願であり、
釈尊にとっては、それをひろめることがこの世にお出ましになられた真の目的だったのである。
他の念仏以外の行とは、全く違うのである。


釈尊がこの世にあらわれて「仏教」をお説きになられたのは、
「弥陀の本願を、説かんと思しめす御心」のためであって、

「廃悪修善」の「余の種々の行」は「随機の法」で、
「自らの御心の底には候はず」でござりまする~。

せやから、

「弥陀にも利生の本願」「釈迦にも出世の本懐」である「念仏」を申して、
「釈尊の教勅、弥陀の誓願にあひかなへり」=「与仏教相応」になろうね。


しつこいようやけど、これは阿弥陀仏の「本願の行」じゃないから、
無理してしなくてもええよん(苦笑)。
 ↓

「お金を持ってきなさい!」「ただ働きしなさい!」
「お友達を連れてきなさい!」「サークルを作って学生を誘いなさい!」
「アニメを売りなさい!」etc.


つづく
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「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

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その時の気分しだいだけどね(笑)。

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