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【再掲載】勝手に西阿を破門すんなよ!

いまだに、おマヌケなこと言ってる野郎がいるので、
再掲載しておきますわ。

もう、二度とマヌケなこと言っちゃだめよん(苦笑)。
 ↓ ↓ ↓

親●会は、別の問題で盛り上がっているようですが、
オイラは引き続きヘンテコ教義を晒してみましょうかね~。


親鸞会教義の相対化・16(質疑応答70)
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-71.html

【2】流刑と西阿の破門

ビデオ三巻に、法然上人・親鸞聖人の流刑と、それに伴って、西阿が法然上人に説法を控えるように進言して、破門されるエピソードが書かれています。

ところで、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1,
門弟等なげきあへる中に、法蓮房申されけるは、住蓮安楽はすでに罪科せられぬ。
上人の流罪はたゞ一向専修興行の故と(云云)
しかるに老邁の御身、遼遠の海波におもむきましまさば、御命安全ならじ。
我等恩顔を拝し厳旨をうけ給ことあるべからず。
又師匠流刑の罪にふしたまはゞ、のこりとゞまる門弟面目あらんや。
かつは勅命なり、一向専修の興行とゞむべきよしを奏したまひて、内々御化導有べくや侍らんと申されけるに、一座の門弟おほくこの義に同じけるに、

上人の給はく、流刑さらにうらみとすべからず、そのゆへは、齢すでに八旬にせまりぬ。
たとひ師弟おなじみやこに住すとも、娑婆の離別ちかきにあるべし。
たとひ山海をへだつとも、浄土の再会なんぞうたがはん。
又いとふといへども存するは人の身なり。なんぞかならずしもところによらんや。
しかのみならず念佛の興行、洛陽にして年ひさし、辺鄙におもむきて、田夫野人をすゝめん事年来の本意なり。
しかれども時いたずらして、素意いまだはたさず、いま事の縁によりて、年来の本意をとげん事、すこぶる朝恩ともいふべし。
此法の弘通は、人をとゞめんとすとも、法さらにとゞまるべからず。
諸佛済度のちかひふかく、冥衆護持の約ねんごろなり。
しかればなんぞ世間の機嫌をはゞかりて、経釈の素意をかくすべきや。
たゞしいたむところは、源空が興ずる浄土の法門は、濁世末代の衆生の決定出離の要道なるがゆゑに、常随守護の神祇冥道、さだめて無道の障難をとがめ給はんか、命あらんともがら、因果のむなしからざる事をおもひあはすべし。
因縁つきずば、なんぞ今生の再会なからんやとぞおほせられける。


2,
まだ一人の弟子に対して、一向専修の義をのべ給に、御弟子西阿彌陀佛推参して、かくのごとくの御義ゆめゆめ有べからず候、をのをの御返事を申給べからずと申ければ、

上人のたまはく、汝経釈の文を見ずやと、

西阿申さく、経釈の文はしかりといへども、世間の機嫌を存するばかりなりと、

上人又の給はく、われたとひ死刑にをこなはるとも、この事いはずばあるべからずと、
至誠のいろもとも切なり。見たてまつる人、みな涙をぞおとしける。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


以上が、法然上人の伝記でも一番代表的な『四十八巻伝』の三十三巻で、住蓮・安楽が死罪になった際のエピソードです。

專修念仏の布教を控えるように進言する西阿に対し、
「我、たとい死刑に行なわるとも、この事いわずばあるべからず」
とお答えになられ、專修念仏を広めるためには、自らの命をも惜しまなかった法然上人ですが(2)、

専修念仏を控えるように進言したのは、西阿だけに限らず法蓮房も進言されています(1)。
そして、それに対してその苦難さえも、喜びにかえられ、浄土での再会が間違いのないものであることを弟子逹に説いて、力強くも優しさに溢れた法然上人がそこにいます。

この『四十八巻伝』の伝承のうち、法蓮房のエピソードは『琳阿本』『古徳伝』『九巻伝』『十六門記』といった、別の法然上人の伝記にも共通部分が存在しますし、西阿のエピソードは上記の諸伝記に加え『醍醐本』にも存在しています。

しかし、これらの伝記類のどこを見ても、法然上人が西阿を「立ち去れ!」と破門したというエピソードは存在しません。

いったい、このエピソードの典拠はどこにあるのでしょうか?

親鸞会の教義に会わせて、新しく作ったエピソードを、歴史的事実のように語っているとしたら、非常に問題があるのではないかと思います。

私は部外者なので、率直に申し上げますが、高森先生を法然上人に投影して頂くのは別にかまいませんが、高森先生の人柄を法然上人に投影し、法然上人を不寛容で排他的な人物像にするのは、私のように、日頃より法然上人の言葉にも伝記にも親しんでいる者から言わせれば、はなはだ迷惑であり、絶対に許し難いものがあります。

信憑性のある資料に基づいて語られる、より史実に近い法然上人は、親鸞会の映画のような不寛容で排他的な人物でないことは、この機会に、はっきりお断りしておきたいと思います。



親鸞会教義の相対化・24
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-83.html

常識的に考えて、AさんがBさんを泥棒の罪で訴えた場合、Aさんに「Bさんが泥棒をした」ことを証明する義務があります。
立証責任を果たさないままAさんが、「Bさんが泥棒をした」と主張するならば、Aさんは、「虚偽・捏造を行った人物である」と言われても反論できません。

同様に、「西阿が法然上人に破門された」ことを裏付ける資料がないにも関わらず、ある人物や団体が、「西阿が法然上人に破門された」と主張した場合は、その人物や団体は、「虚偽・捏造を行った」と言われても反論できませんね。



親鸞会教義の相対化・32
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-104.html

【4】『会報』vol.4p.79~善知識(17)

>>>

上人流刑の命を受けて、まさに京都を出発される際も、一人の門弟に対して一向専念の説法を諄々となされていた。
その時、西阿という弟子が、おこしにとりすがって「もしお師匠さま、この際のことでございますから、たヾ一言雑行を許すと仰有って下さることは出来ますまいか」と申し上げると上人は、「汝、経釈を見ずや」と叱りとばされている。重ねて西阿が「なる程、経釈はその通りでございますが、世間の機嫌を思うばかりでございます。」と申し上げると上人は何時になく激怒なされて「われ、たとい死刑になるとも更に変わるべからず、若し雑行を許すならば、法然一身の安楽の為に如来大悲の御苦労を水の泡には出来ぬ。釈尊の一切経を反古にはせぬぞ。駛路はこれ聖者の行くところなり。謫所はまた権化の住処なり。愁とするに及ばず。辺鄙の群衆を化せんこと莫大の利生なり」と喝破なされ、遠流に処せられたという。

>>>

これはちょっと細かいことなのですが、『会報』では法然上人が西阿を厳しく叱ってはいますが、「立ち去れ!」と破門したとは書かれていませんね。これなら問題はありません。

ただその場合は、「親鸞会教義の相対化・16(質疑応答70)」で指摘したようなエピソードが、なぜアニメ製作の段階で捏造されたのかが、問題になります。

高森先生がアニメの脚本を書かれたのであれば、高森先生の中に何らかの思想変遷があったことになりますし、別の方によって脚本が書かれたのであれば、高森先生の『会報』にもないエピソードを、その方が新たに捏造したことになりますね。

この謎の解明は門外漢の私では不可能ですので、何かご存じの方がいれば、ぜひ教えて頂きたいと思いますね。




親鸞会教義の相対化・41
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-156.html

【上巻p.113~】西阿の破門

 高森先生の『会報』では法然上人が西阿を厳しく叱ってはいますが、「立ち去れ!」と破門したとは書かれていないにも関わらず、アニメでは西阿が破門されたことになっていることは、既に述べた通りです。

※「親鸞会教義の相対化・16(質疑応答70)」「親鸞会教義の相対化32」参照

 本書では、本文中には西阿が破門されたことを裏付けるような記述はありませんが、なぜか「◆西阿の破門◆」という見出しが書かれております。非常に不自然です。





これもひどい捏造だよね(苦笑)。

私見ですが、

1,会報の段階ではきちんと資料に基づいて記述。
2,アニメ製作で親●会らしいエピソード挿入
3,それがそのままドグマ化

というプロセスを踏まえて、「破門(=除名)」を正当化・肯定してしまうような、
新しい法然上人のエピソードが誕生したんでしょうかね~(苦笑)。

親●会文化がどんなものであっても、それは自由なんで別にどうこういわないけど、
法然上人のヘンテコなエピソードを捏造
するのはやめてよね(苦笑)。



あと、この問題に関連して、こういう逆ギレ思考停止ロボコンが、
次々と生産されてしまうという弊害も指摘しとくね(苦笑)。

一例は文末の西阿の件ですが、「西阿が破門された根拠が無いではないか?捏造だ」等と仰っておられるようですが、本来貴方が「西阿が破門されていない事」をあなたが証明するべきではないでしょうか。
門外漢と仰っているのにその件に関して「捏造」等と記載するのはいかがなものでしょう。



この人は、例えば「親●会に百万円だまし取られた!」とオイラが訴えた時に、
「だまし取っていない」ことの論証責任が親●会にあるとでも言うんでしょうかね~。

そんな馬鹿な話ありませんやんね~(苦笑)。

しかしながら、こうも思うのです。ここで西阿が破門されたかどうか自体重要な問題でしょうか?
我々の救いと何か関係がありますでしょうか?



関係ないなら、そんなエピソード作らんでえんやんけ!!(苦笑)

むしろ法然上人が死刑になっても曲げてはいけない事が仏法であると
ハッキリ仰っている事の方がより重要に思われますが・・・?



それだけでエエはずなのに、新しいエピソードを捏造したわけですね(苦笑)。

西阿が破門されたかどうかはそこまで重要な問題でしょうか。
それよりも「救われる為の教え」が正しいか否かが重要ではないですか!



法然上人にも西阿にも不名誉なエピソードを捏造しておいて、
この言い方ってないんじゃない?(苦笑)

法然上人よりも親●会で捏造されたドグマの方が重要なんですわ。

結局、この人逹はね(苦笑)。
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comment

Secre

No title

ま、会報の内容と説法の内容が変わってることはほかにもあるし。

No title

>ASさん
まあ、確固たるものがない教学ですからね(苦笑)。
プロフィール

苦笑(本物)

Author:苦笑(本物)
「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

みんなの人気者(?)苦笑が言いたい放題暴れます。
賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
放置プレイにするか、愛(?)を込めて返事を書くかは、
その時の気分しだいだけどね(笑)。

メル友慕賞中!!
nigawaraihonmono@gmail.com

※私にメールで質問してもエエけど、
 解答はQ&Aでみんなにシェアするかもしれません。

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