スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【コメントに反論2】『正像末和讃』66の解釈について

つづき

やさしい浄土真宗の教え §15所謂「信前の念仏」について より

~~苦笑の本文~~
そんでもって親鸞聖人は、

 信心のひとにおとらじと
 疑心自力の行者も
 如来大悲の恩をしり
 称名念仏はげむべし
(『正像末和讃』66)

と仰っておられまする。(注4)

「往生を不定におぼしめさん人」
 =「疑心自力の行者」(信前の人)であっても、
「わが身の往生、一定とおぼしめさんひと」
 =「信心の人」(信後の人)におとらないように、

「如来大悲の恩をしり称名念仏はげむべし」
と仰っておられるわけやから、

親鸞聖人が「信前の人」に、「称名念仏はげむべし」
と勧めておられることは絶対に否定できまへんな~。
~~苦笑の本文~~

~~コメント~~
「如来大悲の恩を知り」→信心決定して
「如来大悲の恩を知り称名念仏はげむべし」→信心決定して報恩感謝の念仏(信後の念仏)を称えなさい
~~コメント~~

あの・・。

まず、貴方が法然上人の教えをちゃんと理解してないから、
こういう解釈になるのよ。

法然上人の教えを基準に、親鸞聖人の教えはそれに抵触しない形で解釈してね。
 ↓
【コメントに反論1】『念仏往生義』の解釈に関して

それに、

阿弥陀仏が、どれほど途方もないご苦労をされて、
本願を実現して「南無阿弥陀仏」の名号を作られたか?
釈尊がどれほど私逹のことを思って教えをお説きになられたか?

その「恩」に「報いる」ことができるのは、「信心決定」した「後」ですが、
その「恩」を「知る」のは、「信心決定」する「前」でも、
「聴聞」を重ねることによって、ちょっとずつ「知る」ことはあるのよ。

★他力の救いは一念
★阿弥陀仏の慈悲が時間をかけて浸透してくる人もいる

この二つは全然矛盾してないのに、
思考がデジタルで、これがわかんない人が多いから、
蓮如上人の言葉も挙げながら、
丁寧にレクチャーしてあげたんやけど、読んでないのでしょうかね?(苦笑)
 ↓
~~§8 なかなか信心獲得できない人のために・・~~

一 「至りてかたきは石なり、至りてやはらかなるは水なり、水よく石を穿つ、
心源もし徹しなば菩提の覚道なにごとか成ぜざらん」といへる古き詞あり。
いかに不信なりとも、聴聞を心に入れまうさば、
御慈悲にて候ふあひだ、信をうべきなり。
ただ仏法は聴聞にきはまることなりと[云々]。
『蓮如上人御一代記聞書』(193)

(訳)
「極めて固いものは石であり、極めて柔らかいものは水である。
しかしその柔らかい水が石に穴をあけることができるのである。
もしも心の底を徹していったならば、仏の覚りすら、
どうして成就することができないことがあろうか(いや絶対に成就する)」
という古い言葉すらある。

どれほど信心のないものであっても、聴聞を心に入れていくならば、
阿弥陀仏の慈悲が我が身に伝えられていくのであるから、
必ず信心を得ることができるのである。
ただひたすらに仏法は聴聞することに尽きるのである。
~~§8 なかなか信心獲得できない人のために・・~~

まあ、ちゃんとした「聴聞」ができる環境じゃないのかもしれませんから、
今からでも遅くないし、これぐらいは読んでくださいね。
 ↓ ↓ ↓
苦笑の独り言 やさしい浄土真宗の教え

というか、私が執筆している「やさしい浄土真宗の教え」は、
「信前」の方が、浄土真宗の教えを「知る」ことにより、
阿弥陀仏の本願に乗じて「信心決定」して頂く目的で書いております。

貴方がお聞きになっている組織では、そうでないのでしょうかね~。
私には全く理解不能な、「先生の御恩」はよくご存じなのにね(苦笑)。
スポンサーサイト

comment

Secre

No title

 信心のひとにおとらじと
 疑心自力の行者も
 如来大悲の恩をしり
 称名念仏はげむべし
(『正像末和讃』66)


苦笑氏には、

  「如来大悲の恩を知り」 → 「信心決定して」
  「如来大悲の恩を知り称名念仏はげむべし」
     → 「信心決定して報恩感謝の念仏(信後の念仏)を称えなさい」

と書いたのが、余程頭にきたようですね。

 「反論」と称してゴチャゴチャ書いてありますが、苦笑氏がどう味わっているかではなくて、親鸞聖人がどう教えられているかを書かなければ、意味がない。


 以下は、「阿弥陀如来に救われて、初めて広大なご恩を知らされた」 と言われている親鸞聖人の御文証。
 
   「ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしいかなや、西蕃・月支の聖典、東夏・日域の師釈に、遇いがたくして今遇うことを得たり。聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。真宗の教行証を敬信して、特に如来の恩徳の深きことを知りぬ。」 (教行信証総序)

   「真仮を知らざるに由りて、如来広大の恩徳を迷失す。」 (教行信証真仏土巻)

   「ここに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり。」 (教行信証化身土巻)

   「慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。深く如来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。これに因りて、真宗の詮を鈔し、浄土の要をひろう。ただ仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲を恥じず。」 (教行信証後序)


 他にもたくさんありますが、これで十分でしょう。

 ここで、「真宗の教行証を敬信して」、「真仮を知った」、「久しく願海に入りて」、「心を弘誓の仏地に樹て」は、すべて阿弥陀如来に救われたことで、「信心決定して」と同義です。

 そして、信心決定するまでは、「如来広大の恩徳を迷失」していた、と言われています。

 未練がましく、「信前にもゴニョゴニョ・・・・」とは、仰有ってないですね。

  「如来大悲のご恩を信知」させられるのは、まさしく信心獲得の一念の時だということです。


 したがって、御和讃において、その後の、「称名念仏はげむべし」は、信後の、自然法爾の念仏のことのみを言われていることが判ります。




 以上で、書くべきことは書き終えましたが、苦笑氏がヘンなことを言っているので、付け加え。

   「その「恩」に「報いる」ことができるのは、「信心決定」した「後」ですが、その「恩」を「知る」のは、「信心決定」する「前」でも・・・・」 (苦笑氏)

「報いる」と「知る」を分けています。

 察するに、
    
   「この信心をよくよく決定候はでは、仏恩報尽と申すことはあるまじき事にて候。」 (夏御文二通)

を意識したものと思います。

 世間一般のことでは、「知る」と「報いる」とは異なりますし、時間差があるのが普通です。
 また、阿弥陀如来のご恩に対しても、信前の「知恩」、「感恩」、「報恩」は大切ですし、それぞれ異なり、時間的にも前後があるとは思います。

 しかし、阿弥陀如来のご恩が本当に知らされるのは、聞即信の一念の時であり、本当の仏恩報謝も、一念の信心発得以後である、というのが、親鸞聖人の御教えです。

どこま続く ぬかるみぞ!

相変わらず人の意見には耳を貸さず自説を押し通す、いつものパターン。どの法論もS会の主張は、同じスタイル。
今回も都合の良い御文証だけの羅列に思えますが。

一度だけでも、相手主張を客観的にとらえて、是々非々を論じてもらえませんか。
S会は法戦でよくトンズラすると言われていますが、スキがあると思うと単発的に攻めるだけ。

相手の言いたいことを肯定的に受け止めてみるというポーズをただの一度も見た記憶なく、異常なキャッチボールが延々と続いていますね。

No title

>コンチクショウさん
私は「親鸞聖人の教え」に基づき以下のように述べております。
 ↓
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
注5 以下の親鸞聖人の言葉等に基づき、親●会においても「法然上人の教え=親鸞聖人の教え」という立場を取っている。この点に関しては素晴らしいことであると考える。
 親鸞聖人の言葉を法然上人の教えに抵触する意味に解釈し、「親鸞聖人の教えは法然上人の教えと異なる」「親鸞聖人の教えは法然上人の教えを超越している」と主張する態度は、親鸞聖人ご自身の御心を裏切る行為である。

●『高祖和讃』源空讃

 曠劫多生のあひだにも 出離の強縁しらざりき
 本師源空いまさずば このたびむなしくすぎなまし

 阿弥陀如来化してこそ 本師源空としめしけれ
 化縁すでにつきぬれば 浄土にかえりたまひにき

●『歎異抄』二章

 親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、
 よきひと(法然上人)の仰せをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。
 念仏は、まことに浄土に生まれるたねにてやはんべらん、
 また地獄におつべき業にてやはんべるらん、
 総じてもって存知せざるなり。
 たとひ法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、
 さらに後悔すべからず候ふ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そして、「親鸞聖人の教え」に基づき、

★法然上人の教えを基準に、親鸞聖人の教えはそれに抵触しない形で解釈する。

という【解釈】を行っております。

したがって、貴方が私の【解釈】を否定するのであれば、
まずは上に上げた「親鸞聖人の教え」に基づく、

★法然上人の教えを基準に、親鸞聖人の教えはそれに抵触しない形で解釈する。

という私の【解釈】が誤りであることを証明してください。
プロフィール

苦笑(本物)

Author:苦笑(本物)
「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

みんなの人気者(?)苦笑が言いたい放題暴れます。
賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
放置プレイにするか、愛(?)を込めて返事を書くかは、
その時の気分しだいだけどね(笑)。

メル友慕賞中!!
nigawaraihonmono@gmail.com

※私にメールで質問してもエエけど、
 解答はQ&Aでみんなにシェアするかもしれません。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。