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やさしい浄土真宗の教え §15所謂「信前の念仏」について

§15所謂「信前の念仏」について

前回のレクチャーで、
「真実の信心」と「念仏」は切り離したらアカンことも、
「念仏はお礼だから、してもしなくてもいい」と絶対に言えへんことも、
流石にわかってもらったと思うけど、

こういう話をしても、
「念仏は信後に限る」ちゅう人が、
必ず出てくるのよね(苦笑)。 (注1)

今日は、ホンマニ「念仏は信後に限る」と言えるかどうか、
親鸞聖人の師匠の法然上人にお聞きしまっせ。


法然上人は、「念仏すれども心の猛利ならざる人」で、
心の内に「弥陀を憑(たの)む心」の「なきにしもあらず」という人に対し、
「功を積み徳を累ぬれば時々猛利の心も出で来るなり」と、
いずれの行よりも優れた功徳のある「念仏」を勧めてはります。(注2)

「弥陀を憑(たの)む心」の「なきにしもあらず」の人は、もちろん「信前」です。

その「信前」の人に「念仏」を法然上人がお勧めになられているのに、
「念仏は信後に限る」とは口が裂けても言えまへんね~。


それに、「我が心をも護り信心をも催す(うながす、引き起こす)」ために、
「常に念仏してその心を励ませ」と仰ってはりますから、(注3)

「念仏は信後に限る」と言ったら、絶対にあきまへんわね~。



そんでもって親鸞聖人は、

 信心のひとにおとらじと
 疑心自力の行者も
 如来大悲の恩をしり
 称名念仏はげむべし
(『正像末和讃』66)

と仰っておられまする。(注4)

「往生を不定におぼしめさん人」
 =「疑心自力の行者」(信前の人)であっても、
「わが身の往生、一定とおぼしめさんひと」
 =「信心の人」(信後の人)におとらないように、

「如来大悲の恩をしり称名念仏はげむべし」
と仰っておられるわけやから、

親鸞聖人が「信前の人」に、「称名念仏はげむべし」
と勧めておられることは絶対に否定できまへんな~。


あと、一応言っておくけど、
親鸞聖人は法然上人の教えを受け継がれた方なんやから、
当たり前の話やけど、親鸞聖人の言葉は、
法然上人の教えに抵触しない解釈をせなアキマヘンで。(注5)


【今日のまとめ】
 1、法然上人は、「念仏すれども心の猛利ならざる人」で、心の内に「弥陀を憑(たの)む心」の「なきにしもあらず」という人(=信前の人)に対し、「念仏」を勧めておられる。
 2、同じく法然上人は、信前の人が「我が心をも護り信心をも催す」ために、「常に念仏してその心を励ませ」と仰っておられる。
 3、親鸞聖人も、「往生を不定におぼしめさん人」=「疑心自力の行者」(信前の人)であっても、
 「わが身の往生、一定とおぼしめさんひと」=「信心の人」(信後の人)におとらないように、
「如来大悲の恩をしり称名念仏はげむべし」と仰っておられる。
 4、親鸞聖人は法然上人の教えを忠実に継承された弟子であり、
 「法然上人の教え」に抵触する「親鸞聖人の教え」の解釈は、親鸞聖人ご自身の御心に反する。
 5、したがって、「称名念仏は、すべて信後報謝に限る」という教えは、
  法然上人や親鸞聖人の教えとは異なる教えである。

※「親鸞聖人は教え方が違うのや!」「親鸞聖人の教えは三願転入や!」と反論したくなった人は、脊髄反射しないで、次回の「三願転入の話」をじっくり読んでから反論してね♪



――――――――――――――――――――――――――――――――――

注1 例えば、以下のような発言。

真宗の教義の骨格は、「信心正因、称名報恩」であり、信心一つで助かるのであって、称名念仏は、すべて信後報謝に限るからです。
(『こんなことが知りたい』1p.126-127)


注2 『念仏往生義』浄土宗聖典 vol.4. pp.524-525

また念仏すれども心の猛利ならざる事は末世の凡夫のなれる癖なり。
その心の内にまた弥陀を憑(たの)む心のなきにしもあらず。
譬えば主君の恩を重くする心はあれども、宮仕する時いささか物憂き事のあるがごとし。
物憂しといえども恩を知る心のなきにはあらざるがごとし。
念仏にだにも猛利ならずば、いずれの行にか勇利ならん。
いずれも猛利ならざれば、なれども一生空しく過ぎば、その終わりいかん。
たとい猛利ならざるに似たれども、これを修せんと思う心あるは、こころざしの験(しるし)なるべし。
「好めばおのずから発心す」という事あり。功を積み徳を累ぬれば時々、猛利の心も出で来るなり。
始めより、その心なければとて空しく過ぎば、生涯徒(いたずら)に暮れなん事、後悔先に立つべからず。


注3 『十二箇条問答』浄土宗聖典 vol.4. pp.445-446

問うていわく、かようの愚痴の身には聖教をも見ず悪縁のみ多し。
いかなる方法をもてか我が心をも護り信心をも催すべきや。

答えていわく、その様一つにあらず。
あるいは人の苦に遇うを見て三途の苦を思いやれ。
あるいは人の死ぬるを見て無常の理を解れ。
あるいは常に念仏してその心を励ませ。
あるいは常に善き友に遇いて心を恥しめられよ。
人の心は多く悪縁によりて悪しき心の起るなり。
されば悪縁をば去り、善縁には近づけなりといえり。
これらの方法一品ならず。時に随いて計らうべし。

つまり、

「我が心をも護り信心をも催す」ために、
1)人が苦しんでいる姿を見て、他人事と思わず、現世や来世で自らがやがて苦しむかもしれないこととして受けとめていく。
2)人が亡くなっていくのを見て、他人事と思わず、無常の空しさや恐ろしさと真正面から向き合って、後生の一大事の解決に取り組むきっかけとしていく。
3)常に念仏をお称えして、阿弥陀仏との関係を深めて、自らの心を勵ましていく。
4)善い法の友を持ち、互いに勵ましあいながら、その人たちに負けないように、その人たちの友として恥ずかしくないように、精一杯努力していく。

普段からこれを一つ一つ心がけていくことが、大切であると法然上人は仰っておられる。


注4 以下の言葉も信前の念仏を勧めたものである可能性がある。

往生を不定におぼしめさんひとは、まずわが身の往生をおぼしめして、御念仏そうろうべし。
(『親鸞聖人御消息』25)

しかし、「往生を不定におぼしめさん人」(=信前の人)に対して、「まずわが身の往生をおぼしめして」とあるので、あくまでも「信後の念仏」のみを勧めた言葉である。と解釈することも不可能ではない。


注5 以下の親鸞聖人の言葉等に基づき、親●会においても「法然上人の教え=親鸞聖人の教え」という立場を取っている。この点に関しては素晴らしいことであると考える。
 親鸞聖人の言葉を法然上人の教えに抵触する意味に解釈し、「親鸞聖人の教えは法然上人の教えと異なる」「親鸞聖人の教えは法然上人の教えを超越している」と主張する態度は、親鸞聖人ご自身の御心を裏切る行為である。

●『高祖和讃』源空讃

 曠劫多生のあひだにも 出離の強縁しらざりき
 本師源空いまさずば このたびむなしくすぎなまし

 阿弥陀如来化してこそ 本師源空としめしけれ
 化縁すでにつきぬれば 浄土にかえりたまひにき

●『歎異抄』二章

 親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、
 よきひと(法然上人)の仰せをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。
 念仏は、まことに浄土に生まれるたねにてやはんべらん、
 また地獄におつべき業にてやはんべるらん、
 総じてもって存知せざるなり。
 たとひ法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、
 さらに後悔すべからず候ふ。

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comment

Secre

「なき」→ない
「なきにしもあらず」→ある
「弥陀を憑む心のなきにしもあらず→弥陀を憑む心のある→信後


「如来大悲の恩を知り」→信心決定して
「如来大悲の恩を知り称名念仏はげむべし」→信心決定して報恩感謝の念仏(信後の念仏)を称えなさい

No title

名無しさんへ

文脈の前後から、そのような解釈にはならないと思いますが。

苦笑氏の論拠、2つとも潰されてるやん。

今回のは墓穴掘ったな。

苦笑氏は、どうするつもりやろ。

No title

>009-06-13 : 名無しさん
今日は、現役幹部さんに会いに行ったので、
更新が遅れて申し訳ありませんでした~。

記念すべき「やさしい浄土真宗」初の批判的コメントですので、
徹底的に反論しましたので、よろしくお願いします。
 ↓
【コメントに反論1】『念仏往生義』の解釈に関して
http://nigawaraihonmono.blog59.fc2.com/blog-entry-340.html
【コメントに反論2】『正像末和讃』66の解釈について
http://nigawaraihonmono.blog59.fc2.com/blog-entry-341.html


> 現役幹部さん
今日はお疲れ様でした。
もっと多くの「現役」の人が、
私の話を聞いてくれたらいいですね~。


>苦笑ファンさん
私の「ファン」を自称するなら、
私が忙しい時には、私に代わって反論してもらいたいものですね(苦笑)。

No title

苦笑 様

昨日はありがとうございました。
もっとたくさんの現役会員もこのブログを読んで、正しい教えを理解してほしいですね。

M野さんのくだらない攻撃にもうんざりしています。本気で勉強しないと恥をかくだけですよ。
プロフィール

苦笑(本物)

Author:苦笑(本物)
「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

みんなの人気者(?)苦笑が言いたい放題暴れます。
賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
放置プレイにするか、愛(?)を込めて返事を書くかは、
その時の気分しだいだけどね(笑)。

メル友慕賞中!!
nigawaraihonmono@gmail.com

※私にメールで質問してもエエけど、
 解答はQ&Aでみんなにシェアするかもしれません。

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