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Q&A(7)「名号を受持」とは?

Q。
「名号を受持」を、どういう意味で使っておられますか?

A。
「名号を受持」という言葉は貴方がお使いになっている言葉をそのまま使用しただけですので、釈尊や親鸞聖人や蓮如上人がこの言葉をどのような意味でお使いになられているかは知りません。
しかし、以下の親鸞聖人や蓮如上人の言葉から、【衆生が阿弥陀仏が与えてくださった「名号」を受け取って「真実信心=信楽=プラサーダ」になること】だろうと思われます。
貴方は違うのですか?

●弥陀仏の本願念仏は、邪見・驕慢の悪衆生、信楽受持することはなはだもつて難し。難のなかの難これに過ぎたるはなし。
『教行信証』行巻 正信偈

●あきらかに知んぬ、二尊の大悲によりて、一心の仏因を獲たり。まさに知るべし、この人は希有人なり、最勝人なりと。しかるに流転の愚夫、輪廻の群生、信心起ることなし。真心起ることなし。
 ここをもつて『経』(大経・下)にのたまはく、「もしこの経を聞きて、信楽受持すること、難のなかの難、これに過ぎたる難なし」と。また「一切世間極難信法」(称讃浄土経)と説きたまへり。
『浄土文類聚鈔』

●この信心をえがたきことを、『経』(称讃浄土経)には、「極難信法」とのたまへり。しかれば『大経』(下)には、「若聞斯経 信楽受持 難中之難 無過此難」とをしへたまへり。この文のこころは、「もしこの『経』を聞きて信ずること、難きがなかに難し、これにすぎて難きことなし」とのたまへる御のりなり。釈迦牟尼如来は、五濁悪世に出でてこの難信の法を行じて無上涅槃にいたると説きたまふ。さて、この智慧の名号を濁悪の衆生にあたへたまふとのたまへり。十方諸仏の証誠、恒沙如来の護念、ひとへに真実信心のひとのためなり。釈迦は慈父、弥陀は悲母なり。
『唯信鈔文意』

● 「弥陀仏本願念仏 邪見驕慢悪衆生 信楽受持甚以難 難中之難無過斯」といふは、弥陀如来の本願の念仏をば、邪見のものと驕慢のものと悪人とは、真実に信じたてまつること難きがなかに難きこと、これに過ぎたるはなしといへるこころなり。
『正信偈大意』

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苦笑(本物)

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「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
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賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
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