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『無量寿経』を断章取義してドグマ捏造!!

高森先生、頭がおかしくなったんじゃないですか?
大無量寿経の仏意を捻じ曲げた高森先生 より

教学聖典(1)

問(26)人間の身口意の三業の実相を説かれた『大無量寿経』の仏語を書け。

答(26)

心常念悪 心常に悪を念じ
口常言悪 口常に悪を言い
身常行悪 身常に悪を行じ
曽無一善 曽て一善無し



え~、あの、このテキストを作った高森先生は、
本当に大無量寿経を読んだことがあるのでしょうか?

いや、こういうお言葉を発見したので使ったということでなく、
ちゃんと通読しましたか?

このお言葉、大無量寿経下巻の五悪段の第五悪ですよね。
それはもちろんご存知ですよねぇ?

この仏語の前後、ちゃんと読みました?

大無量寿経には以下のように説かれています。

まず、五悪段(五悪訓戒)のはじめには、

(大無量寿経原文)

仏、弥勒に告げたまはく、
「なんぢらよくこの世にして、心を端しくし意を正しくして衆悪をなさざれば、
はなはだ至徳なりとす。十方世界にもつとも倫匹なけん。
ゆゑはいかん。諸仏の国土の天・人の類は、自然に善をなして大きに悪をなさざれば、
開化すべきこと易し。いまわれこの世間において仏になりて五悪・五痛・五焼のなかに
処すること、もつとも劇苦なりとす。
群生を教化して五悪を捨てしめ、五痛を去らしめ、五焼を離れしめ、
その意を降化して五善を持たしめて、その福徳・度世・長寿・泥?の道を獲しめん」と。
仏のたまはく、「なんらか五悪、なんらか五痛、なんらか五焼なる。
なんらか五悪を消化して五善を持たしめて、その福徳・度世・長寿・泥の道を獲しむる」と。

(口語訳)

師はマイトレ-ヤ(弥勒菩薩)にいわれた、
この世において心を正しくし、さまざまな悪をなさないのはきわめてよいことだ。
十方の世界に比類がないであろう。
それはなぜかというと、諸仏国土の天人や人間たちは自然に善をなして、
大きな悪事は決して犯さない。〔それゆえ、かれらを〕覚りに導くことは容易なのだ。
今、わたしはこの世間において〈目ざめた人〉となり、
五つの悪(五悪)、五つの現世の罪報(五痛)、五つの未来の悪報(五焼)の
ただ中に生きていることは最もひどい苦痛なのだ。
わたしは生きている者どもを教化して、五つの悪を捨てさせ、
五つの現世の罪報と五つの未来の悪報から離れさせ、かれらのこころを変えさせて、
五つの善を保持し、それによって、福徳や、完成や、長寿や、永遠の平安に
到達できるようにしてやりたいのだ。」と。
師はさらに言われた―「五つの悪とは何か、五つの現世の罪報とは何か、
五つの未来の悪報とは何か。五つの悪をなくし、五つの善を保持して、
福徳や、完成や、長寿や、永遠の平安に到達するとはどういうことなのか」と。

と、言われております。ここでもう気付いた方もあるでしょうが、
五悪を犯す人間、というのは、全人類のことではないわけですよ!
この世において心を正しくし、悪をなさない人もいるけれど、
五つの悪を犯している人々が多いので、まずそれらを捨てさせ、善をすすめて、
そののちに、覚りに導こうというのが、釈尊の導き方なのです。

だから、阿弥陀仏の極楽浄土へ行こうと思ったなら、
まず心を正しくしていくこと(廃悪修善)がファーストステップであり、
それを実践した人に初めて、覚りの道を説いて意味があるわけです。

親鸞会の教学では、「全人類は曽無一善」、みたいな言い方をされていますけど、
実際は全人類ではないわけです。
それは、大無量寿経の、第五悪を読めば、よりいっそう分かります。

(大無量寿経原文)

仏のたまはく、「その五つの悪とは、世間の人民、徙倚懈惰にして、
あへて善をなし身を治め業を修せずして、家室・眷属、飢寒困苦す。
父母、教誨すれば、目を瞋らし怒りてふ。

言令和らかならず。違戻し反逆すること、たとへば怨家のごとし。
子なきにしかず。取与に節なくして、衆ともに患ひ厭ふ。
恩に負き義に違して報償の心あることなし。貧窮困乏にしてまた得ることあたはず。
辜較縦奪してほしいままに遊散す。しばしばいたづらに得るに串ひて、
もつてみづから賑給す。酒に耽り、美きを嗜みて、飲食、度なし。

心をほしいままに蕩逸して魯扈牴突す。人の情を識らず、しひて抑制せんと欲ふ。
人の善あるを見て、憎嫉してこれを悪む。
義なく礼なくして〔わが身を〕顧み難るところなし。
みづからもつて職当して諫暁すべからず。
六親・眷属の所資の有無、憂念することあたはず。
父母の恩を惟はず、師友の義を存せず。
心につねに悪を念ひ、口につねに悪をいひ、身につねに悪を行じて、かつて一善もなし。
先聖・諸仏の経法を信ぜず、道を行じて度世を得べきことを信ぜず、
死してのちに神明さらに生ずることを信ぜず。
善をなせば善を得、悪をなせば悪を得ることを信ぜず。
真人を殺し、衆僧を闘乱せんと欲ひ、父母・兄弟・眷属を害せんと欲ふ。

六親、憎悪してそれをして死せしめんと願ふ。
かくのごときの世人、心意ともにしかなり。
愚痴矇昧にしてみづから智慧ありと以うて、生の従来するところ、
死の趣向するところを知らず。
仁ならず、順ならず、天地に悪逆してそのなかにおいて僥倖を?望し、
長生を求めんと欲すれども、かならずまさに死に帰すべし。

(乃至)

人よくなかにおいて一心に意を制し、身を端し、念を正しくして、
言行あひ副ひ、なすところ誠を至し、語るところ語のごとく、心口転ぜずして、
独りもろもろの善をなして衆悪をなさざれば、身独り度脱して、
その福徳・度世・上天・泥?の道を獲ん。これを五つの大善とす」と。

(口語訳)

さらに釈尊が言葉をお続けになる。
「第五の悪とは次のようである。世間の人々は、おこたりなまけてばかりいて、
善い行いをし、身をつつしみ、自分の仕事に励もうとはいっこうにせず、
一家は飢えと寒さに困り果てる。親が諭しても、かえって目を怒らせ、
言葉も荒く口答えをする。その逆らう様子はまるでかたきを相手にするようであって、
こんな子ならむしろいない方がいいと思われるくらいである。
また物のやりとりにしまりがなくて、多くの人々に迷惑をかけ、恩義を忘れ、
報いる心がない。そのためますます貧困に陥って、取り返しのつかないようになる。
そこで、自分の得だけを考えて、他人のものまで奪い取り、好き放題に使ってしまう。
それが習慣となって、ひとり贅沢な生活をし、むやみに美食を好み美酒にふける。

そうして勝手気ままに振舞い、自分の愚かさは省みずに人と衝突する。相手の気持ちを
考えることなく、無理に人を押さえつけようとし、人が善いことをするのを見ては
ねたんで憎み、義理もなければ礼儀もなく、わが身を省みず、人にはばかるところがない。
それでいて自分は正しいものとうぬぼれているのであるから、戒め諭すこともできない。
親兄弟や妻子など、一家の暮らし向きがどうあろうと、そんなことには少しも気を配らない。
親の恩を思わず、師や友への義理もわきまえない。
心にはいつも悪い思いを抱き、口にはいつも悪い言葉をいい、
身にはいつも悪い行いをして、今まで何一つ善い行いをしたことがないのである。

またいにしえの聖者たちや仏がたの教えを信じない。修行により迷いの世界を離れて
さとりを得ることを信じない。人が死ねば次の世に生まれ変わることを信じない。
善い行いをすれば善い結果が得られ、悪い行いをすれば悪い結果を招くことを信じない。
さらに心の中では、聖者を殺し、教団の和を乱し、親兄弟など一家の者を傷つけようとさえ
思っている。そのために身内のものから憎みきらわれて、そんな者は早く死ねばいいと
思われるほどである。

このような世間の人々の心はみな同じである。道理がわからず愚かでありながら、
自分は智慧があると思っているのであって、人がどこからこの世に生まれてきたか、
死ねばどこへ行くかということを知らない。また思いやりに欠け、人の言うことにも
耳を貸さない。このように道にはずれたものでありながら、得られるはずもない幸福を望み、
長生きしたいと思っている。しかし、やがては必ず死ぬのである。

もしこのような迷いの世界の中で、悪い心が起きないように努め、
身も心も正しくし、言行を一致させ、行いも言葉もすべて誠実で、思いと言葉が相違せず、
さまざまな善い行いをして悪を犯さなければ、その人は苦しみを逃れて功徳を得、
迷いの世界を離れて浄土に生まれ、さとりを得ることができるであろう。
これを第五の大善というのである」

以上でお分かりの通り、全人類の中には、悪を犯してばかりの者も居れば、
身も心も正しく努めている人もいる、そういうことが可能だという前提で、
釈尊は大無量寿経のこの部分を説かれているのです。
つまり全人類はどう頑張ってみても本質的に悪しかできない、
というのは親鸞会の高森先生だけでの解釈で、
「弥勒たちよ、きみたちは本来は、こんな悪人であっちゃいけませんよ」と、
悪い世間の人の例、反面教師を出されて、清らかな仏道に入ることを
勧められたお言葉なのです。
それを、
「会員たちよ、きみたちは悪しかできないんだぁー、助かりたければF館に御報謝せよ!」
と大無量寿経をねじまげて自分の都合よく解釈しているんですよね、高森先生?

それを、曽無一善の部分だけ切り取って、全人類はかつて一善無し、と言ったら、
仏説に反することになるんですよ、高森先生。

それ真実の教をあらわさば、大無量寿経これなり。(親鸞聖人)

高森先生は、大無量寿経もろくに読めないんですかね。

そんないい加減な断章主義の教学テキストを作っちゃうなんて、

高森先生、頭がおかしくなったんじゃないですか?




『無量寿経』を断章取義してドグマ捏造!!
・・ですね(苦笑)。

自称「善知識」の高●先生も、
高●ドグマコピーの講師諸君も、
恥をかきたくなかったら、

とりあえず『無量寿経』は、
読んだ方が、エエと思うで(苦笑)。

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comment

Secre

驚きです

ほとんどの会員 元会員とも、全人類は曽無一善と教え込まれ、一切衆生必堕無間と観念的には思っています。

ある時の説法で
①「心常念悪、口常言悪、身常行悪、曽無一善」  と
②「善因善果、悪因悪果、自因自果」 とを
同じ日に聞いたことがあります。特に②については、〔因果の道理は仏教の根幹。億にも兆にも一つのくるいも無い〕とタタキ込まれました。
自分では、曽無一善と善因善果とは矛盾するようでしたが、思考停止していました。
無量寿経の専門家・苦笑さんの上記解説で①②の矛盾が晴れた気がします。
曽無一善が全人類対象では無し・・は驚きです。

そういえば、以前
過労により講師の方が、交通事故死された時、会長は〔臨終の一瞬に観音の説法に遇った筈だ〕と言っていました。←これは化土往生のことでしょうかね?

全人類必堕無間と言い、化土往生を説かない、又若不生者は現益の意味しか無いの説明も・・分かった上での確信犯かと思ったりします。








No title

>もと かいいんさん
これは別の方の記事の紹介で私が書いたものじゃありませんが、
高●先生が『無量寿経』をまともに読んでないことがよくわかる、
とてもよいサンプルだと思いますね。

「易往而無人」もそうでしたが、
一からまともに『無量寿経』を読む勉強会とかしたら、
親●会のヘンテコさなんて、速攻でわかると思うんですけどね~。

まあ、親●会では、そんなタイプの勉強会なんて、
絶対しないだろうと思いますけど(苦笑)。

No title

苦笑さん

こちらのブログからも、リンクさせていただきました。

どうぞよろしくお願いします。

No title

>くりいむれもんさん
ありがとうございます!

嫌われているのか敬遠されているのかわかりませんが、
私がリンクを張ってる元親●会講師の方や批判サイトでも、
なかなか相互リンクにしてもらえないので、
超嬉しいですv-10
プロフィール

苦笑(本物)

Author:苦笑(本物)
「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

みんなの人気者(?)苦笑が言いたい放題暴れます。
賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
放置プレイにするか、愛(?)を込めて返事を書くかは、
その時の気分しだいだけどね(笑)。

メル友慕賞中!!
nigawaraihonmono@gmail.com

※私にメールで質問してもエエけど、
 解答はQ&Aでみんなにシェアするかもしれません。

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