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ん?!こ・これは?!

こんなサイトを見つけました。
 ↓
生きる意味を知ってー仏教を知りたいひとのために

ん?!こ・これは?!

どっかで見たようなことを仰っておられましたので、
【ツッコミ】じゃなくて、【コメント】を入れてみました♪

※記事に直接コメントを入れられないので、ゲストブックにコメントしました。

 ▽ ▽ ▽
横超とは1

「横超とは,すなはち願成就一実円満の真教、真宗これなり。

大願清浄の報土には品位階次をいはず、一念須臾のあひだに、

すみやかに疾く無上正真道を超証す、ゆゑに横超といふなり。」(教行信証信巻)


「横超の中に、願成就とは、叡云く、本願及び成就なり、

『御鈔』には則ち『選択本願即得往生』と云うと、

珠云く、願成就とは次上の所釈の成就文を指す、

願成就をもって一経の至極と為すが故にと、

私に謂く、前説の相違釈と為すは穏かならず

後説の次上を指すと言うは好し」(教行信証摘解)


「阿弥陀仏の一念の救いは、イコール本願成就文

唯一の真実であり、完全無欠のまことの教え、これが真宗である」との仰せです。

「願成就」を「本願が成就したところの」と動詞的に訳しているものは間違い。

祖師聖人は送り仮名をつけておられません。

「願成就」とは「十八願成就文」のことです。


それについて三経の安心あり。そのなかに『大経』をもつて真実とせらる。

『大経』のなかには第十八の願をもつて本とす。

十八の願にとりては、また『願成就』をもつて至極とす。(改邪鈔)


苦笑ちゃんコメント

苦笑(本人) 削除
2009/2/2(月) 午後 1:49
横超とは1
http://blogs.yahoo.co.jp/ikiruimiwositte/23050192.html

【コメント】
こんにちは。(^-^)

蓮如上人が高く評価されている存覚上人の『六要鈔』では、

●(御自釈)横超断四流と言うは、横超は、横とは竪超・竪出に対す、超は迂に対し回に対するの言なり。
竪超とは、大乗真実の教なり。竪出は大乗権方便の教、二乗・三乗迂回の教なり。
横超とは、すなわち願成就したまえる一実円満の真教なり、真宗これなり。
また横出あり、すなわち三輩・九品・定散の教、化土・懈慢、迂回の善なり。
大願清浄の報土には、品位階次を云わず、一念須臾の頃に速やかに疾く無上正真道を超証す、かるがゆえに横超と曰うなり。

と書き下されていますが、これも「間違い」でしょうか?



横超とは2

「横超とは,すなはち願成就一実円満の真教、真宗これなり。乃至。

大願清浄の報土には品位階次をいはず、一念須臾のあひだに、

すみやかに疾く無上正真道を超証す、ゆゑに横超といふなり。」(教行信証信巻)


「一念須臾のあひだに、すみやかに疾く無上正真道を超証す、ゆゑに横超といふなり」

とは、「臨終一念の夕、大般涅槃を超証す。」と同意。


「まことに知んぬ、弥勒大士は等覚の金剛心を窮むるがゆゑに、

竜華三会の暁、まさに無上覚位を極むべし。

念仏の衆生は横超の金剛心を窮むるがゆゑに、臨終一念の夕、大般涅槃を超証す。」(教行信証信巻)



なぜ、まだ死んで極楽往生してないのに「まことに知んぬ」と言われているのか。

往相回向と還相回向を一緒にいただいてしまっているからです。


弥陀の回向成就して 往相・還相ふたつなり

 これらの回向によりてこそ 心行ともにえしむなれ(高僧和讃)


「無上正真道を超証す」るのは一念の信心の所得として書かれているので

横超は、信の一念に51段高飛びして正定聚になったことを言います。


苦笑ちゃんコメント

苦笑(本人) 削除
2009/2/2(月) 午後 1:51
横超とは2
http://blogs.yahoo.co.jp/ikiruimiwositte/23211088.html

【コメント】
こんにちは。(^-^)

 「至心信楽願為因 成等覚証大涅槃 必至滅度願成就」といふは、第十八の真実の信心をうればすなはち正定聚に住す、そのうへに等正覚にいたり大涅槃を証することは、第十一の願の必至滅度の願成就したまふがゆゑなり。これを平生業成とは申すなり。されば正定聚といふは不退の位なり、これはこの土の益なり。滅度といふは涅槃の位なり、これはかの土の益なりとしるべし。『和讃』(高僧和讃・二〇)にいはく、「願土にいたればすみやかに 無上涅槃を証してぞ すなはち大悲をおこすなり これを回向となづけたり」といへり。これをもつてこころうべし。
『正信偈大意』

正定聚=不退の位なり・・この土の益
滅度=涅槃の位なり・・かの土の益

この二つの益が得られるシステムが「横超」ということですよね?



必至滅度の願

「証文類四
     必至滅度の願
     『難思議往生』

   顕浄土真実証文類 四

                           愚禿釈親鸞集

  つつしんで真実の証を顕さば、すなはちこれ利他円満の妙位、無上涅槃の極果なり。

  すなはちこれ必至滅度の願(第十一願)より出でたり。また証大涅槃の願と名づくるなり。

  しかるに煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萌、往相回向の心行を獲れば、

  即の時に大乗正定聚の数に入るなり。正定聚に住するがゆゑに、かならず滅度に至る。」


五願開示された十八願は「信楽のこころに生まれさせる」というお約束であり

「死後、浄土へ生まれさせる」というお約束はありません。ではどこにあるのか。

親鸞聖人は

「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願(第十一願)成就なり」と仰っています。

必至滅度の願とは

「十八願で信楽を獲たひとは、 正定聚にしてみせる。

正定聚になった人は『死ねば浄土へ往生させて』滅度に至らせてみせる」というお約束で

あると『難思議往生』と証巻の表題に書かれています。

あくまで、純粋な十八願には「死後の往生」は誓われていない、というのが

親鸞聖人の五願開示です。


苦笑ちゃんコメント

必至滅度の願
http://blogs.yahoo.co.jp/ikiruimiwositte/23211875.html

【コメント】
こんにちは。(^-^)

以前、五願開示の場合、「若不生者」が十一願に対応するって教えてもらったんですが、

~親●会 平成4年度後期・講師試験問題より~

問4 十八願の心は五つの願にあらわすことができるが、その五つの願を
   示し、その五願を本願文と対比せよ。

答4 ◎十一願・十二願・十三願・十七願・十八願

   ○十一願……若不生者
   ○十二願……至心信
   ○十三願……楽欲生我国
   ○十七願……乃至十念

~親●会 平成4年度後期・講師試験 11月22日実施 問題 より~

そうなると、

 ・五願開示の場合、「若不生者」が十一願に対応する。
 ・一願該摂の場合は「生」は正定と滅度。これが対応する。

ということになりますよね?
そうすると、

 ・五願開示の場合でも一願該摂の場合でも、
 「若不生者」が「信楽に生まれる」という意味はない。

とい

【コメント覧】

とい→ということでOKですよね。

でお願いします。文字数の関係で切れました。汗
2009/2/2(月) 午後 2:00 [ 苦笑(本人) ]



苦笑ちゃんコメント

苦笑(本人) 削除
2009/2/2(月) 午後 1:55
挨拶がおくれましたが、疑問に思うことをコメントさせて頂きました。
以前同じことを書いている方がおられたのですが、
その方が行方不明になりましたので、代わりに解答いただけたら幸いです。


 △ △ △


やっぱ速攻で削除されるかな?(苦笑)
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「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

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賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
放置プレイにするか、愛(?)を込めて返事を書くかは、
その時の気分しだいだけどね(笑)。

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※私にメールで質問してもエエけど、
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