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「責任者出て来い!!」善恵房証空上人の教え

浄土宗の方が指摘してはったけど、チューリップ企画(=親●会)は、
善恵房証空上人の教えについて何もわかってないんだな(苦笑)。

僕はとやかく言う立場ではないから別にかまわないけど、
善恵房証空上人を派祖としてはる、浄土宗西山派の方とかが見たら、
「責任者出てこい!!」って、怒られまっせ(苦笑)。

↓↓↓

あとこれは、清森さんはご存知かもしれませんが、

聖光上人が親鸞聖人と同じ時期に法然上人の下にいなかったことは以前申しましたが、

体失・不体失往生の論争に関しても、
証空上人も、往生は平生に定まるという「即便往生」をお説きになられていますし、
ましてやアニメのような「念仏申していたら死後に往生できる」という主張は、
証空上人には全くありません。

もちろん、これは浄土真宗的には「伝統」なのかもしれませんが、
今の時代に、つまらない宗我見に捉えられて縄張り争いするべきでないと思うし、
広く一般の人を相手に教えを説き広めていくというのであれば、
まずはきちんとした事実に立つべきで、捏造した情報の上で、
教えを説いていくようなことは、避けるべきなのではないかなと思いました。

そうしていかないと、きちんと文献に当たって確認された時に、
信頼を著しく損なってしまうのではないかなと思います。


http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-35.html

私の友人が証空上人に言及したのは、アニメで証空上人が、


『皆さん。釈尊が、この世にお生まれになったのは、阿弥陀如来の本願1つを説かれるためでした。どんな人でも、念仏さえ称えれば、死ねば必ず極楽浄土に連れていくという、ありがたいお約束です。』


という台詞を話すことによって、何も知らない方がご覧になった時に、その方が証空上人を誤解しないためです。

証空上人は、この世での救いを積極的にお説きになり、

 生きて身をはちすの上にやどさずば念佛まうす甲斐やなからん

という歌を詠んでおられます。

しかもこれは、

問うて云く。
摂取の益をかうぶる事は、平生か臨終か、いかん。

答えて云く。
平生の時なり。そのゆえは、往生の心まことにて、わが身を疑う事なくて、来迎をまつ人は、これ三心具足の念仏申す人なり。
この三心具足しぬれば、必ず極楽にうまるという事は、観経の説なり。

かかる志ある人を阿弥陀仏は、八万四千の光明をはなちて、てらし給うなり。

平生の時、照しはじめて、最後まで捨て給わぬなり。
故に不捨の誓約と申すなり。
「念佛往生要義抄」(昭法全六八七頁)

というように、「摂取の益は平生の時である」と、仰っておられる法然上人から学ばれたものであり、

>親鸞聖人に指摘されるまで、「往生」と言えば、
>「体失往生」しか知らなかった善恵房証空と、
>そっくりではないかと驚く人もあるでしょう。
http://tulip-tanaka.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/2007_1224_1233_5999.html

というように、親鸞聖人から学ばれたものではありません。

更に証空上人は、

三心発る時即便往生す、此時正しく仏も成仏し衆生も往生す。
『定散料簡義』

と仰せっていますから、「念仏さえ称えれば」などという台詞は、極めて不当なものであると思います。

私の友人は、証空上人に対する誤解を危惧して指摘しただけで、どこかの誰かさんのような、くだらない宗我見や宗派根性は持っておりません。

正確に情報を検討しようともせず、自分のつくりあげた幻の世界の正義感で、つくりあげた敵や悪と戦おうとするような、行為は慎みたいものです。


ついでなのでお勧めの本を紹介しておきましょう。

★浅井成海著『浄土教入門』(本願寺出版)

浅井先生は浄土真宗のお寺のご住職ですが、その学問の立場は、なるべく宗派意識を取り払い、法然上人と親鸞聖人、そしてその他の法然上人のお弟子達の教学を、なるべく客観的に見ていこうとする立場を取ってます。

この本は法然上人・親鸞聖人・弁長上人・証空上人の教えが、念仏とか本願とか信心とか人間観とかテーマ別に整理されていて便利です。
証空上人について語るのであれば、せめてこの本一冊ぐらいは読んでください。


http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-85.html



A『念佛往生要義抄』の記述から、法然上人に関して以下のことが言える。

1)信前(光明に摂取される前)と信後(光明に摂取された後)の区別をしていた。
2)「往生の心まことにて、わが身を疑う事なくて、来迎をまつ人=三心具足の念仏申す人かどうかで、信前・信後を区別していた。

B『定散料簡義』の記述から、証空上人に関して以下のことが言える。

1)現世における救いである「即便往生」(=不体失往生?)を説いていた。
2)「即便往生」は、三心が発ることによって起きる。

 貴方が、私の提示した資料をまともに読んでいないことは凄くよくわかりました。
 次に論点スライドする時は、もう少し私の挙げた資料を読んでからにしてください。


http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-97.html
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賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
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