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ツッコミ!【第28回】「若不生者」と「信楽」の関係

第28回が更新されました。
 ↓↓↓
【第28回】「若不生者」と「信楽」の関係
http://shinjin.info/2008/12/200750166.html


チューリップ企画が「若不生者」の「生」は「平生に信楽に生まれること」と主張するのに対し、田中氏は「死んで極楽に生まれることだけ」と主張される。
はたして「若不生者」と「信楽」は、全く関係ない、切り離せるものなのか。

あ~ん?(苦笑)

田中さんとチ●ーリップ企画の主張に違いに関して、
こ~いう問題設定が不当であることは、
 ↓

>はたして「若不生者」と「信楽」は、全く関係ない、切り離せるものなのか。

前回懇切丁寧に指摘済みでっせ。
それなのに、性懲りもなくまたまた繰り返すのは、
この問題設定にしないと田中さんに反論できないし、
チ●ーリップ企画の主張のヘンテコさを、
誤魔化すことができないからでしょうね~(苦笑)。


というわけで、

42,【はたして「若不生者」と「信楽」は、全く関係ない、切り離せるものなのか。】という問題設定が不当であることは、既に、田中氏の言葉に基づいて指摘済みである。それにも関わらず、同じ発言を繰り返し捏造した田中氏の主張に反論し、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張のヘンテコさを誤魔化そうとしている。



田中氏自身は、こう言われている。

◆平成19年12月15日のメール
「若不生者」と極楽に生まれられるのは、「信楽をえた」人だけです。だから、不離の関係があるのです。
しかし、「極楽に生まれる」ことと「信楽をえた」ことは、全く違います。

死後、極楽に生まれられるのは、現在、信楽に生まれた人だけである。だから信楽に生まれることと「若不生者」との間には「不離の関係がある」と、田中氏も認められている。
それにも関わらず、「若不生者」から、密接不離な「信楽」を切り離して、「死んで極楽に生まれることだけ」と繰り返す自己矛盾が、議論を打ち切らせることになったのだろう。

あ~ん?(苦笑)

前回のツッコミで、こいつを提示したから、
 ↓ ↓ ↓

~~2007 12/15(土) 23:26 田中さんのメール~~
「関係」という言葉は、違うものをつなげる言葉です。違うものだからこそ「関係がある」と言えるのです。「若不生者」と極楽に生まれられるのは、「信楽をえた」人だけです。だから、不離の関係があるのです。しかし、「極楽に生まれる」ことと「信楽をえた」ことは、全く違います。
~~2007 12/15(土) 23:26 田中さんのメール~~

田中さんが
「不体失往生」と「体失往生」が「全く無関係の別物」
と主張しているかのように捏造するのは、
流石にちょっと無理だと思ったんだろうけど、


>「関係」という言葉は、違うものをつなげる言葉です。違うものだからこそ「関係がある」と言えるのです。
 ↑
こういう大事な言葉を意図的に省略して、
田中さんの主張を反論しやすい形に捏造するのは、
ホンマニ、人間としても仏教者としても許し難い、
卑劣極まりないインチキ行為だと思いますわ(苦笑)。


というわけで、

43,田中氏のメールから【「関係」という言葉は、違うものをつなげる言葉です。違うものだからこそ「関係がある」と言えるのです。】という言葉を意図的に省略して、田中氏の主張を反論しやすい形に捏造して議論を進めている。


しかも田中さんは同じメールで、

~~2007 12/15(土) 23:26 田中さんのメール~~
 尊号真像銘文には『「若不生者不取正覚」といふは、「若不生者」はもし生れずはといふみことなり、「不取正覚」は仏に成らじと誓ひたまへるみのりなり。このこころはすなはち至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生れずは仏に成らじと誓ひたまへる御のりなり。』

『「若不生者不取正覚」といふは、ちかひを信じたる人、もし本願の実報土に生れずは、仏に成らじと誓ひたまへるみのりなり。』と記述されています。
~~2007 12/15(土) 23:26 田中さんのメール~~

というように、親鸞聖人の言葉に基づいて、
自説を主張しているんでっせ~。

こいつもわざと見なかったことにしているようですが、
そんなインチキは、この苦笑さんには通用しまへん(苦笑)。


というわけで、

44,田中氏が親鸞聖人の言葉に基づいて自説を述べている部分を無視して、【「若不生者」から、密接不離な「信楽」を切り離して、「死んで極楽に生まれることだけ」と繰り返す】と田中氏の主張を繰り返し捏造している。


こら~!!インチキもエエ加減にせえや!!


田中氏はこのメールでも、極楽に生まれること(体失往生)と、信楽に生まれること(不体失往生)は、「全く違います」と忠告されているが、親鸞聖人が二つの往生を説かれたことは、当方も一貫して主張していることであり、田中氏が非難されるような混乱や誤解は全くない。

ほ~お(苦笑)。

そう言えばチューリップ企画は、
こういう新しいドグマを捏造してましたな~。
 ↓

宿題28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。

確かに「混乱や誤解は全くない」ですわ~。
確信犯で新しいドグマを捏造してるんだもん(苦笑)。


というわけで、

45,宿題28で、チ●ーリップ企画(=親●会)が新しいドグマを捏造したことを突っ込んだが、これに関してチ●ーリップ企画(=親●会)は、「混乱や誤解は全くない」完全な「確信犯」であった。


インチキドグマは、不勉強や理解力不足のせいじゃなくて、
意図的に親鸞聖人の教えを捏造したものだったのね。

正直に言ってくれて、超スッキリしたよ(苦笑)。



今、論じられているのは、弥陀が「若不生者」と命を懸けられたのは、極楽に生まれる「体失往生」か、この世で信楽に生まれる「不体失往生」か、の一点なのである。
この論点に集中して、田中氏の主張を引き続き検証しよう。



まだやるんだ?(苦笑)

今日も一点アドバイスしてあげるけど、
捏造やインチキは、バレない相手にしか通容しまへ~ん。
バレルと、超恥ずかしいことになるよ~ん(苦笑)。
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「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
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賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
放置プレイにするか、愛(?)を込めて返事を書くかは、
その時の気分しだいだけどね(笑)。

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