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ツッコミ!【第24回】田中氏のメールの検証

第24回がアップされました。
 ↓↓↓
【第24回】田中氏のメールの検証
http://shinjin.info/2008/11/290800162.html

今日は、やたら早い時間に更新ですね~。
夕方ぐらいだろうと、油断してたよ(苦笑)。

ここまでは、田中氏の提起された阿弥陀仏の『本願文』の「若不生者」の「生」に関する、親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示の概略を述べてきた。

あ~ん(苦笑)。

チ●ーリップ企画(=親●会)ヘンテコドグマに矛盾しない、
新たなヘンテコドグマを捏造してるのはよくわかりましたが、
それを、「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」
とは言うのはおもいっきり、虚偽でっせ(苦笑)。

こういう発言は、ツッコミを入れられている、
三十一項目に答えてからにして頂きたいものですな(苦笑)。
 ↓
宿題チェック【第23回】現当二益の法門
無量寿経・阿弥陀経の梵語原典テキストも読んでちょ!


というわけで、

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。


そこでこれからは、具体的に田中氏からのメールを提示して、これら善知識方の教えを定規に検証してみることにしたい。

あ~ん?(苦笑)

「チ●ーリップ企画(=親●会)ドグマを定規に検証」は、
「善知識方の教えを定規に検証」とは言いません(苦笑)。
ウソを言ってもらっては困りますな~(苦笑)。



論点は一貫して、『本願文』の「若不生者」の「生」一つである。弥陀が「生まれさせる」と正覚の命を懸けて誓われている願意を、田中氏は「死後、極楽に生まれることだけ」と主張し、我々は「この世、信楽に生まれさせること」と主張してきた。
このような見解の相違は、両者の『成就文』の理解が根本的に異なることが原因である。

我々は、釈迦の『成就文』は『本願文』三十六文字すべての解説である、と理解する。
田中氏は、『成就文』は『本願文』の一部の解説であり、「若不生者不取正覚」の八字は抜けている、と主張する。
どちらが正しい親鸞聖人の教えなのか、聖人のお言葉を挙げて説明した。

あ~ん?(苦笑)

>田中氏は、『成就文』は『本願文』の一部の解説であり、「若不生者不取正覚」の八字は抜けている、と主張する。

田中さんが言ってないことを捏造するのはやめてよね(苦笑)。

というか、
チ●ーリップ企画が田中さんの主張を捏造していることは、
既におもいっきり証明済みでっせ。

 ↓
ツッコミ!【第4回】田中氏の主張メール(1)
なめとんか!チューリップ企画の捏造記事にツッコミ
ツッコミ!【第5回】田中氏の主張メール(2)
「田中氏のメール」→「田中氏の問題のメール」
ツッコミ!【第6回】かくて判明した根本的相異点

====忘れてもらっちゃ困りますな~====
×田中氏の主張は、一貫して『本願成就文』は『本願文』の一部「至心信楽欲生我国」の釈尊の解説であって、『本願文』すべての解説ではない、という理解であることが明白である。

田中氏の主張を
「一貫して『本願成就文』は『本願文』の一部「至心信楽欲生我国」の釈尊の解説であって、『本願文』すべての解説ではない、という理解である」
ということにして、
教義上の誤りを隠蔽することにチ●ーリップ企画の意図があることは、明白である。
====忘れてもらっちゃ困りますな~====

あんだけ丁寧に指摘してあげたのに、
忘れてもらっちゃ困りますな~(苦笑)。
このサイトを読んでる、親●会関係者も、
おそらく苦笑していると思いまっせ(苦笑)。


というわけで、

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。


繰り返すが、『成就文』は親鸞聖人が「一実円満の真教真宗」と言われている教えである。もし『成就文』が『本願文』の一部の解説であるなら、「一実円満の真教」とは言われないだろう。それは「円満(完全)な教え」でも「真実の教え」でもないからである。
しかも、田中氏が「『成就文』に解説がない」と言われるのは、「若不生者不取正覚」の八字である。弥陀が命を懸けられている「若不生者」の「生まれさせる」を、釈迦は『成就文』に解説されていない、というのが田中氏の意見である。
これでは聖人のご著書はどれも正しく読めないだろう。

あ~ん?(苦笑)

捏造した田中さんの主張に反論しても意味はありまへん(苦笑)。

このような議論の進め方は「ワラ人形論法」なわけですが、
これが典型的なインチキであることは指摘済みでっせ(苦笑)



件の『尊号真像銘文』を誤解された原因も、ここにあるのではなかろうか。
田中氏のメールを挙げてみよう。

◆平成19年10月20日のメール
尊号真像銘文には
『「若不生者不取正覚」といふは、「若不生者」はもし生れずはといふみことなり、「不取正覚」は仏に成らじと誓ひたまへるみのりなり。このこころはすなはち至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生れずは仏に成らじと誓ひたまへる御のりなり』
『「若不生者不取正覚」といふは、ちかひを信じたる人、もし本願の実報土に生れずは、仏に成らじと誓ひたまへるみのりなり』
と記述されています。
いずれも、「至心信楽をえた」者が極楽に生まれなければ仏に成らないという意味ですから、「若不生者」は、極楽に生まれなければ、という意味になります。

このように田中氏は、この『尊号真像銘文』を根拠として、「若不生者」は「死後だけのこと」と言われるのだが、親鸞聖人の教えは『成就文』の教え以外になく、『成就文』に死後のことは説かれていないことがお分かりになれば、このような誤解も解けるのではないだろうか。

では、これらの御文の真意は何であろうか。同じく『銘文』に親鸞聖人は、
「真実の信心(信楽)をえたる人のみ、本願の実報土によく入ると知るべし」
と明言され、「死後、極楽に生まれられる」のは、「この世、信楽に生まれた(不体失往生)」人のみである、といわれている。だから弥陀の命は「不体失往生」に懸けられている、と開顕されているのが、釈迦の『成就文』であり、親鸞聖人の教えである。

提示の『尊号真像銘文』も、この『成就文』の教え以外になく、「この世、信楽に生まれた人」だけが「死後、極楽に生まれられる」のだから、弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている、と言わんとされているのである。

\( ̄ー ̄#)なんでやねん!

>「真実の信心(信楽)をえたる人のみ、本願の実報土によく入ると知るべし」
と明言され、「死後、極楽に生まれられる」のは、「この世、信楽に生まれた(不体失往生)」人のみである、といわれている。
 ↑
これを根拠に、
どうして、こういう解釈になるのよ?(苦笑)
 ↓

>だから弥陀の命は「不体失往生」に懸けられている、と開顕されているのが、釈迦の『成就文』であり、親鸞聖人の教えである。

繰り返しになるけど、
阿弥陀仏の本願の対象は「十方衆生」でっせ。
「十方衆生」が「信楽」になることを阿弥陀仏が誓い、
その誓いが成就しているなら、
「十方衆生」全てが「信楽」になって、
誰も迷いの世界に留まってないことになるんやで(苦笑)。


 参照→宿題4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。

そんでもって、親鸞聖人が、
「即得往生 住不退転」と「若不生者 不取正覚」を、
時間軸上別の時点に配置されていて、
この両者をイコールにするのが、
親鸞聖人の教えに抵触するっていうのも、
既に指摘済みでっせ(苦笑)。


 参照→宿題13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。


というか、
今回も自分逹のドグマに抵触しないように、
『尊号真像銘文』の都合の悪い箇所を、
意図的に省略しましたね(苦笑)。


★「至心信楽」というは、至心は、真実ともうすなり。真実ともうすは、如来の御ちかいの真実なるを至心ともうすなり。煩悩具足の衆生は、もとより真実の心なし、清浄の心なし。濁悪邪見のゆえなり。信楽というは、如来の本願、真実にましますを、ふたごころなくふかく信じてうたがわざれば、信楽ともうすなり。この至心信楽は、すなわち十方の衆生をしてわが真実なる誓願を信楽すべしとすすめたまえる御ちかいの至心信楽なり。凡夫自力のこころにはあらず。「欲生我国」というは、他力の至心信楽のこころをもって、安楽浄土にうまれんとおもえるなり。「乃至十念」ともうすは、如来のちかいの名号をとなえんことをすすめたまうに、遍数のさだまりなきほどをあらわし、時節をさだめざることを衆生にしらせんとおぼしめして、乃至のみことを十念のみなにそえてちかいたまえるなり。如来より御ちかいをたまわりぬるには、尋常の時節をとりて、臨終の称念をまつべからず。ただ如来の至心信楽をふかくたのむべしとなり。この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり。「若不生者 不取正覚」というは、若不生者は、もしうまれずは、というみことなり。不取正覚は、仏にならじとちかいたまえるみのりなり。このこころはすなわち、至心信楽をえたるひと、わが浄土にもしうまれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり。『尊号真像銘文』

====結論出てるやん!====
この至心信楽は、すなわち十方の衆生をしてわが真実なる誓願を
信楽すべしとすすめたまえる御ちかいの至心信楽なり。
----------------------------------------------------------------------
※「信楽に生まれさせる御ちかい」でなく、
「信楽【すべしとすすめたまえる】御ちかい」であることに注目!

----------------------------------------------------------------------
如来より御ちかいをたまわりぬるには、尋常の時節をとりて、臨終の称念をまつべからず。
ただ如来の至心信楽をふかくたのむべしとなり。
この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり。
----------------------------------------------------------------------
※さすがに「平生業成」「現生不退」の意味を補っておられることに注目!
本願成就文の内容もちゃんと踏まえて本願文を解釈されていることが拝察されます。

----------------------------------------------------------------------
「若不生者 不取正覚」というは、若不生者は、もしうまれずは、というみことなり。
不取正覚は、仏にならじとちかいたまえるみのりなり。このこころはすなわち、
至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり。
----------------------------------------------------------------------
※それでもなお、「若不生者」を「【わが浄土に】もし生まれずは」としか解釈されていません。

『尊号真像銘文』は親鸞聖人83歳の時の著作ですから『教行信証』よりも後であり、
当然、主著である『教行信証』の内容を十分に踏まえた上で書かれたはずです。
何もかも承知の上で親鸞聖人自身が本願文36字を全部解釈されたこの文章のどこにも、
「信楽に生まれさせる」とは書かれていません。この事実だけで十分すぎるほど十分です。
議論する余地など初めから何もないのです。

もし「信楽に生まれさせる」という意味も本当はあるのに親鸞聖人が書き忘れた
とでも言うのなら、それは親鸞聖人に対する冒涜以外の何物でもなく、
そんな暴言を吐く輩は断じて「親鸞学徒」ではなく、「高森学徒」です!
====結論出てるやん!====
 ↑
この解説を踏まえて、
『尊号真像銘文』の親鸞聖人の解釈を、
時間軸上に配置するならば、


★この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり。→1)の時点

★至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり。→2)の時点

                                  第十一の願の
=前念(因) 介在時間0  =後念(果)     2)       必至滅度の願
「信受本願」【←即の時→】「即得往生、住不退転」「若不生者 不取正覚」成就
    ↓           ↓            ↓       ↓
  真実信心を得る→正定聚のくらいにさだまる→・・→極楽浄土へ往生→成 仏
    |           |           |      |
  十八願の真実の       |           |     等正覚にいたり
   信心をうれば→すなはち正定聚に住す        |     大涅槃を証する
           (この土の益)          |     (かの土の益)
      ↓       ↓              ↓      ↓ 
    【時間的に同時の「時分」】          【一念須臾のあひだ】
     1)

こうなることが、よい子のみんなはわかるよね?(苦笑)

というわけで、

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。


それに「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」
と親鸞聖人が仰っているのに、


>弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている

と解釈するのは、
誰がどう考えてもおかしいですわね(苦笑)。


というわけで、

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。



田中氏のメールを、続けて検証していこう。

そうですか~?

こっちもチ●ーリップ企画のサイトを続けて検証しま~す♪
田中さんの主張を捏造するインチキ法論も暴くし、
親鸞聖人の教えに抵触するヘンテコドグマも晒します。


今からでも撤退した方がいいかもね?(苦笑)
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Secre

No title

恣意的⇒×「自分の都合の良いように」
    ⇒○「その場限りの、気ままな」

どうでもいいけどね

No title

とても、チュー○ップ企画の 反論は もう見苦しくて やめたら
いいのに と 思う。

でも それは 苦笑さんが わかりやすく してくれたからこそ思えたことであって、 万年 同じことを聞いてきた 会員にとっては
間違いなく 感覚がマヒしてるから、深く読む読解力もないだろうし、
「善知識のされることに間違いはない」と 鵜呑みにしている人が
ほとんどでしょうね。

まあ 見苦しいけれど、苦笑さんのおかげで、たしかに 真実は
すっごく 明らかになってきて これは 素晴らしいことですよ。

ひょっとして 確信犯で チュー◎ップ企画は崩壊させながら真実を明らかにしようとしているのか

とさえ思える^^;

本当に真実を明らかにしたいのなら、田中さんの発言も 苦笑さんの言葉も また2チャンネルも すべてが真実あきらかにするチャンスと 真摯に応えればいいものを・・・・・・

親鸞聖人の教えから、真実がどうか を判断しようとする人にとって
今の田中さんへの反論は 負けているのに、ずるずると引きづって
負け惜しみというか。女々しいというか。潔さがないというか^^:
これがあの親◎会の末路の姿かと思うと、もう いいかげん
「やめようよ」「もういいじゃない」「素直に負けを認めようよ」
と思わずにおれない・

そんなことに気づかしてくれた苦笑さん どんな方かは知らないけれど感謝していますよ!!




No title

>2008-11-29 : 名無しさん
お~!ありがとうございます!!

ググってみたら、いろいろ出てきました!
 ↓
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/kokugo/kotoba/Shiiteki.html
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%D7%F3%B0%D5

チ●ーリップ企画の場合は「恣意的」というより「意図的」ですから、
宿題部分をプチ訂正しておきたいと思いますv-221

No title

>やめたらいいのにさん
ホンマですよね(苦笑)。
私は別に、浄土真宗の教えを明かにしなきゃいけない立場でもないのですが、
こんだけインチキなドグマをまき散らす行為放置しておくのは、
流石に見過ごすことができないので、やむなくツッコミを入れています。

チ●ーリップ企画(=親●会)が潔く訂正すれば、ツッコミは終了しますが、
全然潔くないので、ツッコミはまだまだ続きます(苦笑)。

というか、
ヘンテコドグマをまき散らすヘンテコ団体にツッコミいれてるだけで、
別に「真実を明らかにする」という大層なもんじゃないと思いますよ(苦笑)。

だって、こんなヘンテコドグマに固執している団体って、
唯一親●会だけなわけですからね~(苦笑)。

親●会にドグマを注入された人でなければ、
チ●ーリップ企画の言ってることは、
「△◆×?□?!」ぐらい意味不明だと思います(苦笑)。

No title

はい。苦笑さんに、真実をあきらかにしてもらおう という話では
ないですが、実質 そうなってますよね^^;


私は、間違いを明らかにしてくれることに感謝するとともに、
みんなで、では何が正しいのかをゆっくりと苦笑さんや 良識ある
方、元講師の方など が なんとか道筋をたてて欲しいと願ってしまいますね。

やはり 親鸞聖人の 教えに忠実か どうか が大事と思いますが
どうみても親◎会の態度は 忠実ではないと思う。

絶対に 自分は 正しい! というのは 曲げないのだから、
相手は間違い! と とことんこだわっていると思う。

それが すごい上から目線で、邪(ジャ)は許さん! という
のだが、 すごい大人げない。

教義を真面目に勉強している人が少ない。または出ていったか。
相当、質が低下しているのでは。
同じことのくりかえし で 改ざんしたり 都合のいいとこ
ばっかり これでは あきれてしまう。

肝心の高◎先生
が高齢? か もともとか わからないが この大人気ない田中氏へのひっぱりを続けている 最後の 砦なら 
その他の人は イエスマンだけです。それはやばいこと。

いったい 誰に対して 話をひきのばしているのか。
会員さん向けなら やぶへびだと思います。




管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

>やめたらいいのにさん
チ●ーリップ企画が、あれで本当に誤魔化せていると思っているなら、
事実を認識する力が致命的なぐらい欠落していると言うしかないでしょうね(苦笑)。

私見ですが、事実をありのままに認識する所から、仏教はスタートすると思います。
それができずに、肥大したエゴむき出しに勝手なことを言いまくるなんてのは、
仏法を語る態度として、あるまじきことであると思いますね。

いろんな方が集まって、個人の利害とか関係なしで、
純粋に仏法を語り会えるような機会が得れたらありがたいと思いますね。
私のしている作業は、それをするための道路舗装工事かな~?
いや、障害物の解体工事か?(笑)

No title

>2008-11-30 : : このコメントは管理人のみ閲覧できますさん
とても良い先生に出会われて、私も嬉しくと思います。

●●さんが、いま話をお聞きになられている先生は、
私から見ても、誠実で信頼できる方であると思います。

あのようなちゃんとした方に、
もっと多くの方がご縁を結ばれたらよいと思います。
これは、冗談とか嫌みとかでなく私の率直な気持ちです。

「管理人のみ閲覧できます」モードなら、
ややこしい人に栓索される必要もなく安心ですから、
またいろいろと近況を聞かせて頂けたらと思いますv-221
プロフィール

苦笑(本物)

Author:苦笑(本物)
「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

みんなの人気者(?)苦笑が言いたい放題暴れます。
賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
放置プレイにするか、愛(?)を込めて返事を書くかは、
その時の気分しだいだけどね(笑)。

メル友慕賞中!!
nigawaraihonmono@gmail.com

※私にメールで質問してもエエけど、
 解答はQ&Aでみんなにシェアするかもしれません。

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