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「正覚を取らじ」は「命を捨てる」??(追記あり)

なんだ!
件のチューリップ企画のサイトは毎日更新じゃないのか!
(2008/08/02/20:38の時点で第二回は更新されず。。)

仕事でやっているくせに、結構怠慢なもんだな。
オイラなんて、完全に趣味でやってるのに更新はマメだぞ
まあ、すぐ飽きるかもしれないけど(笑)。

というわけで、チューリップ企画のサイトが更新されるまで、
ヘンテコ教義をチクチク晒していこうかなっと


今日はこれね
 ↓↓↓
http://shinjin.info/2008/07/052003131.html

ここで、あまり仏教に馴染みのない方のために、この度、問題になった阿弥陀如来の本願の「若不生者不取正覚」とは何か、に就いて少し説明しておかなければならないであろう。
「若不生者不取正覚」とは、阿弥陀仏の本願のお言葉で、「若し生まれずは、正覚を取らじ」と読む。「正覚」とは「仏覚(仏のさとり)」のこ と、「仏のさとり」は仏の「命」。「若し生まれさせることができなければ、命を捨てる」という、まさに、この八字は阿弥陀仏が命を懸けて誓われている極め て重要なお言葉であるから、親鸞聖人は「弥陀の本願」を「若不生者の誓」と仰っている。




「若不生者不取正覚」を「若し生まれずは、正覚を取らじ」と読むのはいいけど、
それがどうして「若し生まれさせることができなければ、命を捨てる」になるねん!!

まあ、別に個人が勝手に思うのは自由だから、それはそれで別にどうでもいいんだけど、
そのヘンテコな解釈は、親鸞聖人の解釈とは違うんだから、
「親鸞聖人の解釈」って言っちゃだめだよん(笑)。

せっかく親切に教えてあげてるんだから、チューリップ企画の山田さんも、
『尊号真像銘文』をちゃんと読んでよね
 ↓
結論出てるやん!
http://nigawaraihonmono.blog59.fc2.com/blog-entry-6.html

「若不生者 不取正覚」というは、若不生者は、もしうまれずは、というみことなり。不取正覚は、仏にならじとちかいたまえるみのりなり。このこころはすなわち、至心信楽をえたるひと、わが浄土にもしうまれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり。
『尊号真像銘文』




ついでに浄土宗の方が挙げてくれたサンスクリット文の本願文を見ても、
 ↓
親鸞会教義の相対化・28
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-94.html

世尊よ、私が覚りに到達したとき、無量で数えきれない仏国土でわたしの名前を聞いて、

その私の仏国土に生まれたいという心をおこし、もろもろの善根を振り向ける衆生たちが、

もしも十度までも心をおこしても、彼らがその仏国土に生まれることがないようであったら、

そのあいだは、私はこの上ない完全な覚りを完成させることがないであろう

ただし、直ちにその報を受けなければならない程の極悪な行為をした衆生や、正法を誹謗するという覆いにおおわれている衆生は除いてである。



「そのあいだは、私はこの上ない完全な覚りを完成させることがないであろう」とあって、
「若し生まれずは、正覚を取らじ」と言う漢訳はオッケーだけど、
「若し生まれさせることができなければ、命を捨てる」なんてゼッテーならね~よ(苦笑)。


山田氏:書かれていますとも! 本当は書かれているのに凡夫の知恵ではそう読めないだけです。お慈悲な阿弥陀様が「全ての人を信楽に生まれさせる」と誓われなかったはずがないじゃありませんか! 体験すれば分かります。
田中氏:誤りはそこです。あなたの誤りは実にそこにあるのです!
山田氏:なっ、なんですと?
田中氏:もし全ての人を信心獲得させるという本願ならば、十劫の昔に全ての人が信心獲得したはずじゃないですか! 本願は十劫の昔に成就したのですから。あなたの説は十劫安心と同じです。
山田氏:いやいや、本願はまだ成就していないのです。
田中氏:法蔵菩薩は十劫の昔に成仏し、阿弥陀仏となられたではありませんか?
山田氏:いやいや、成仏はされましたが本願はまだ成就していません。
田中氏:もし約束が果たせなければ正覚を取らない、と書かれているではありませんか。約束を果たさないままで成仏されたのなら、阿弥陀仏は嘘つきということになるではありませんか?
山田氏:「不取正覚」というのは「正覚を取らない」ということではありません。一旦成仏された阿弥陀仏が「正覚を捨てる」と言われたお言葉です。
田中氏:普通に読めば「正覚を取らない」としか読めません。どうして「正覚を捨てる」という意味になるんですか?
シンパ:善知識高森顕徹会長先生がそのように解釈なさっているからです。善知識のお言葉に絶対無条件服従しなければ信心獲得できませんよ。信心獲得しなければ必堕無間なのです! 阿弥陀仏が「正覚」という命を懸けておられるのですから、私達も命を懸けなれば火花が散りません。
苦笑氏:それは親鸞会という特殊な文化の中でしか通用しない論理でありドグマです。第三者にも分かるように言わなければ説得力がありません。
山田氏:善知識の解釈にケチを付けるような辻斬り強盗のようなまねはやめていただきたい。謗法罪ですぞ!
シンパ:後生の一大事も分からない部外者が、弥陀の本願をあれこれ論ずる資格はありません!


http://nigawaraihonmono.blog59.fc2.com/blog-entry-4.html

 ↑
これを投稿したZさんは、「パロディー」のつもりで書いたはずなんだけど、
こんだけそのまんまだと、「パロディー」じゃなくて「予言」みたいだね~(笑)。

それじゃあ、「予言」に従って僕も言わせてもらおうかな?


それは親鸞会という特殊な文化の中でしか通用しない論理でありドグマです。第三者にも分かるように言わなければ説得力がありません。

by.苦笑(笑)
(以上、2008.08.02記)


追記1(2008.10.06)

これもチ●ーリップ企画(=親●会=高●先生)の致命的な誤りですわな(苦笑)。

・阿弥陀仏が信楽に生まれさせることを誓っているのに、
 現実に信楽になっていない衆生がいる。
  ↓
・そうなると阿弥陀仏の誓願が成就していないことになるから、
 阿弥陀仏は阿弥陀仏になっていないことになってしまう。
  ↓
・その矛盾を誤魔化すために、
 「誓願を成就して仏になった阿弥陀仏が、正覚を捨てる!」
 という新たなドグマを捏造!

という流れでございましょうかね(苦笑)。

「一つ嘘つくと、その嘘を誤魔化すために更に嘘を重ねることになる」
とは、誰の明言でしたかね。

「ボタンを一つかけ間違えると、めちゃくちゃヤバイことになる」
と、こないだ僕のお友達がいってましたが、
まさにこれでござりますな(苦笑)。

というわけで、前回までの四項目にさらに一項目プラスしますわ。
 ↓
5,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになった。




追記2(2008.10.06)

これだけ丁寧に教えてあげているにも関わらず、
いまだに親●会では、このヘンテコドグマを性懲りもなく、
まき散らしておるようですね(苦笑)。
 ↓

 弥陀の本願文には、「若不生者 不取正覚」(若し生まれずは、正覚を取らじ)と誓われている。
「正覚」とは「仏覚(仏のさとり)」のこと、仏にとっては命である。
「若し生まれさせることができなければ、命を捨てる」という、まさに、この8字は、阿弥陀仏が命を懸けて誓われている極めて重要なお言葉であるから、親鸞聖人は「弥陀の本願」を「若不生者の誓」とおっしゃっている。

「生まれる」のは、いつだ 「若不生者 不取正覚」の真意 H20.9.22
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「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

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賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
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その時の気分しだいだけどね(笑)。

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