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【ツッコミ依頼】三輩の話をするなら、『選択集』ぐらい読めよ(苦笑)

【依頼者】

2月号『顕真』の「巻頭言」がUPされ、飛雲さんがツッコミを入れてました。

※飛雲 知識の仕分けと会員の一揆
http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-16c4.html

最近サボりまくりの苦笑さんも、頑張ってツッコミ入れてください。



【苦笑】

「サボりまくり」で、ごめんごめん(苦笑)。

オイラなら以下の赤字のポイントにツッコミいれますな。

● 人間の仕分けと逆謗の一機

阿弥陀仏が五劫思惟の徹底調査の末、
全人類(十方衆生)は助かる縁なき逆謗の一機と診断なされ、
その逆謗を助ける十八願を建てられたのだが、
自惚れ強い人類は自分が助かる縁なき極悪人とはユメにも思っていないのだ。

そんな我々を見抜いた弥陀が、自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために
建てられたのが十九願である、と親鸞聖人は教えられる。
その弥陀の十九の願意を開顕するために、
全人類(十方衆生)をはじめは八十一種類(八十一品)に分けられた釈迦が
『観無量寿経』では、「定善の一機」と「散善の九機」(上品上生、上品中生、
上品下生、中品上生、中品中生、中品下生、下品上生、下品中生、下品下生)
の十種類に要約されている。
『大無量寿経』にはそれをまた、上輩者・中輩者・下輩者の三種類にまとめ、
遂には弥陀が見抜いた逆謗の一機を知らせるために
種々に方便なされているのが一切経である。

自惚れ強い人類に頭から「お前たちは、みな助かる縁なき逆謗だよ」と
どれだけ教えても聞く耳全く持たないから、
全人類を八十一種類に分類したり九種類になされたり三種類に分けたりされたのは、 十方衆生は逆謗の一機である真実を知らせるための、
釈迦弥陀の善巧方便の人間の仕分けであったのである。



ふ~(苦笑)。

九品=三輩は、まあいいけど。


> 十方衆生は逆謗の一機である真実を知らせるため
 ↑
こ~んな目的で三輩も九品も説かれてまへんて(苦笑)。

少なくとも『選択集』を読んでれば、
こういうヘンテコな発言はありえまへんわ(苦笑)。
 ↓
法然上人『選択本願念仏集』

※三輩は4章、九品は12章を読んでね。

とりあえず、三輩の位置づけに関して、
『選択集』四章を簡単に概要だけまとめておいてあげるし、
後は自分で勉強してね。
 ↓ ↓ ↓

~~~~~『選択集』四章の概要~~~~~

§ タイトル
三輩すべてが念仏によって往生すると説く文

§ 『無量寿経』下巻、三輩段の引用
●十方世界から極楽に生まれる三種の衆生(三輩)がある。

●上輩
[修行]1)出家 2)菩提心を発す 3)一向に専ら無量寿仏を念ず
   4)諸の功徳を修す 5)彼の国に生ぜんと願ず
[果報]臨終の聖衆、蓮華化生、住不退転、神通自在

●中輩
[修行]1)菩提心を発す 2)一向に専ら無量寿仏を念ず 3)多少に善を修す
   4)塔像を起立する 5)出家者に食を施す 
   6)絹の幡を懸け、灯明を点し、華を散らし、焼香する 
   7)これらをもって、彼の国に生ぜんと願ず
[果報]臨終の化仏、往生、住不退転、智徳は上輩に次ぐ

●下輩
[修行]1)菩提心を発す 2)一向に意を専らにして、ないし十念無量寿仏を念ず
   3)深法を聞いて歓喜信楽して疑惑を生ぜず
   4)ないし一念彼の仏を念じ、至誠心をもって、その国に生ぜんと願ず
[果報]臨終に阿弥陀仏を「夢に見る」、往生、智徳は中輩に次ぐ


§ 法然の私釈
Q 経文では念仏以外の行(余行=諸行)も往生のための行とされる。
  なぜこの章の表題では、ただ「念仏によって往生する」とのみいうのか?
A 善導によれば、教えを受ける側の衆生の能力、性向(根性)には上・中・下と様々あるが、仏はすべてに「専念無量寿仏名」を勧めておられる。
この解釈によって、三種の衆生とも「念仏によって往生する」というのである。

Q 答えになっていない。どうして余行を捨てて「念仏」とのみ言うのか?
A 往生のための行として念仏のみでなく諸行をも説いた目的は以下の三つの解釈がある。

一、衆生に諸行を廃して念仏を拠り所とさせるため(廃立)
「観経において釈迦は念仏以外の諸行(定散両門)の利益をも説かれているが、
 阿弥陀仏の本願を念頭に置けば、
 釈迦の意図は、衆生に専ら念仏させることにある」
という善導の解釈を、この三輩の文にも適用するべきである。

また「一向」とは他を兼ねない(念仏のみ行って他の行を行わない)
という意味であるから、経文は諸行を廃して念仏のみを用いていることになる。

二、諸行を念仏の助けとするため(助正)
念仏を助ける修行に同類の善根、異類の善根の二種がある。
・同類の善根・・五種正行のうちの助業四つ
・異類の善根・・出家、発菩提心、起立塔像、懸幡、燃灯、散華、焼香等

三、念仏にも諸行にも上中下三段階を立てるため(傍正)
三輩すべてに「一向専念無量寿仏」を説いて、念仏に三段階あることを明かし、
同じく三輩すべてに発菩提心などの諸行を説いて、諸行に三段階あることを明かす。(『往生要集』「念仏証拠門」および「諸行往生門」参照)

●三つの解釈とも一向念仏のために諸行を説くという立場に異なりはない。
いずれを採用すべきか知り難いが、善導によるなら第一がよい。

Q この三輩を展開したのが『観無量寿経』の「九品」であろう。
  ならば九品全てに念仏が説かれるべきなのに、
  なぜ下品のみに念仏が説かれているのか?
A 二つの解釈ができる。

一、三輩を展開したのが九品であるから、説かれていなくとも、道理からして九品すべてに念仏は含まれている。
(『往生要集』「尋常念相」参照)

二、『観経』は最初定散の諸行を説いて、後でそれを廃して念仏を勧める。これについては、後(第十二章)に詳しく述べるであろう。

●ゆえに「九品すべてが念仏によって往生できる」と言える。

~~~~~『選択集』四章の概要~~~~~

はい。

> 十方衆生は逆謗の一機である真実を知らせるため
  ↑
このために「三輩」が説かれたわけじゃありまへんね(苦笑)。


三輩の話をするなら、『選択集』ぐらい読めよ(苦笑)
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