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宿題チェック!!【第34回】「若不生者」の『成就文』による解釈

ツッコミ!!【第34回】「若不生者」の『成就文』による解釈

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
※更にまた間違える!※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
※更にまた間違える!
※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

36,苦笑に詳細に解説してもらっているにも関わらず、「信楽」と「極楽浄土への往生」と「正定聚に入る益」の関係が未だにわかっておらず、「信楽」=「二種深信」がわかっていないので、親鸞聖人のお書きになられた『唯信鈔文意』を正確に読むことができていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

37,蓮如上人が、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」「自分勝手な解釈をすることは決してしてはならない」と教えられているのを無視して、自分勝手な解釈を行っている。それにも関わらず、その勝手な解釈に基づいて、親鸞聖人の言葉に基づいて語っている田中氏の解釈を批判するという暴挙を行っていることに気づいていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

38,田中氏の【チ●ーリップ企画(=親●会)の論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに真っ向から反する主張】を、【『成就文』に、真っ向から反する主張】というように虚偽の主張をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

39,「信楽をえた」ことと「極楽に生まれる」ことが「不離の関係」であると断った上で、両者が異なった概念であるとしている田中氏の主張を、「不体失往生」と「体失往生」が「全く無関係の別物」であるかのように印象操作を行い、反論しやすい形に捏造した主張に対して反論するワラ人形論法を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

40,ドグマの都合に合わせて『教行信証』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを親鸞聖人の言葉と詐称して使用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

41,ドグマの都合に合わせて『口伝鈔』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを覚如上人の言葉と詐称して使用している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

42,【はたして「若不生者」と「信楽」は、全く関係ない、切り離せるものなのか。】という問題設定が不当であることは、既に、田中氏の言葉に基づいて指摘済みである。それにも関わらず、同じ発言を繰り返し捏造した田中氏の主張に反論し、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張のヘンテコさを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

43,田中氏のメールから【「関係」という言葉は、違うものをつなげる言葉です。違うものだからこそ「関係がある」と言えるのです。】という言葉を意図的に省略して、田中氏の主張を反論しやすい形に捏造して議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

44,田中氏が親鸞聖人の言葉に基づいて自説を述べている部分を無視して、【「若不生者」から、密接不離な「信楽」を切り離して、「死んで極楽に生まれることだけ」と繰り返す】と田中氏の主張を繰り返し捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

45,宿題28で、チ●ーリップ企画(=親●会)が新しいドグマを捏造したことを突っ込んだが、これに関してチ●ーリップ企画(=親●会)は、「混乱や誤解は全くない」完全な「確信犯」であった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

46,何度も懇切丁寧なレクチャーを受けていながら、信楽と不体失往生、体失往生の関係がいまだにわかってないから、いまだに【この世で信楽に生まれる「不体失往生」】というヘンテコ主張に基づいてヘンテコ問題設定をして、ヘンテコ議論を懲りずに展開している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

47,親鸞聖人が「かならず定まりぬ」とお書きになられたのは、まだ極楽浄土に往生していないからである。また、「一念慶喜する」人が必ず極楽浄土に往生できるのは、阿弥陀仏が「若不生者不取正覚」と誓われているからだ、と解説されている。そのことが田中氏によって指摘されているにも関わらず、チ●ーリップ企画(=親●会)はその部分を意図的に削除し、田中氏の主張のみならず親鸞聖人の教えをも捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

48,間違って【高●先生が長年教えてこられてきた親●会ドグマに立って拝読すれば、】と書くべき部分に、【『成就文』の教導に立って拝読すれば、】と書いている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

49,チ●ーリップ企画(=親●会)が田中さんの主張を捏造し、捏造した見解に基づき、田中さんを批判していることは既に証明済みであるにも関わらず、反論(言い訳?)もなく同じ主著を壞れたテープレコーダの如く繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

50,チ●ーリップ企画(親●会)が、独自のヘンテコドグマを「親鸞聖人の教え」と詐称した結果、四十八項目のツッコミを入れられたにも関わらず、そのツッコミに一切解答しないまま、詐称行為を繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

51,チ●ーリップ企画(=親●会)が主張するように「即得往生」=「若不生者」であるならば、「若不生者」は「生きている間のみ」ということになるが、これは親鸞聖人の『尊号真像銘文』の記述に反するヘンテコドグマである。ということが既に田中氏に指摘されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

52,捏造した田中氏の主張に反論することによって、親●会独自のドグマを親鸞聖人の教えであると印象付けようとしている。またチ●ーリップ企画(=親●会)の主張が、田中氏にボコボコに論破されていることを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

53,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

54,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマであるが、「かの阿弥陀仏の、四十八願は衆生を摂受したまふこと、疑なく慮りなくかの願力に乗じてさだめて往生を得と信ず」という善導大師の『観経疏』所説の「二種深信」の記述に抵触する。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

55,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマであるが、「阿弥陀仏の本願」によって「すみやかに無量光明土に到りて大般涅槃を証す」ことを明かにしている親鸞聖人の『教行信証』の記述にも抵触する。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

56,親●会では、「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」の「三十六文字」が、「どんな人も 必ず助ける 絶対の幸福に」の「十六文字」に言い換えて教えられているようだが、これも根拠に基づか(け)ない、独自のドグマである。しかもこのことは既に指摘済みである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

57,自分にとって都合の悪い田中氏や苦笑のツッコミも無視しながら、矛盾していない田中氏の主張に矛盾があるかのように虚偽の主張を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

58,親鸞聖人の教えに基づいて語る田中氏のメールから、故意に親鸞聖人の教えの部分を削除して田中氏の主張を捏造し、田中氏が間違っているかのように印象操作を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

59,チ●ーリップ企画のサイトには、過去のメールのやり取りも掲載され読者が読めるのにも関わらず、露骨な捏造行為を行うのは読者を愚弄する行為である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

60,親鸞聖人は『尊号真像銘文』において、「至心信楽」を「信楽に生まれさせる御ちかい」でなく、 「信楽【すべしとすすめたまえる】御ちかい」と解釈されている。しかし、その解釈はチ●ーリップ企画(=親●会)ドグマにとって都合が悪いので、親鸞聖人の言葉を故意に削除した形に田中氏のメールを捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

61,証空上人の教義を全く知らないまま、証空上人の思想を語っているため、浄土真宗(それも覚如上人~蓮如上人の系列)に限定された「伝承」と理解すべき法論を「歴史的事実」として、間違った情報をまき散らしてしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

62,間違った情報を指摘してくれた相手に対して誠実に対応すべきにも関わらず、全く論証責任を果たさ(せ)ないままに間違った情報に基づいて相手の方を侮辱している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

63,「浄土宗を立てたのが、法然上人でなく、証空上人であると、間違っています」と十年以上も前に指摘されているにも関わらず、間違いを認めず恥知らずにも自分たちの著書にそれが指摘されたビラを紹介している。その間違いは未だに認めておらず、田中氏によって再び指摘されているが、全く間違いを改めようとしていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

64,親鸞聖人の言葉に基づいて「若不生者 不取正覚」と「即得往生、住不退転」が時間軸上別の時点に配置されることが証明されているのに、チ●ーリップ企画(=親●会)はあいかわらず【「若不生者 不取正覚」=「即得往生、住不退転」】という親鸞聖人の教えと異なるヘンテコドグマを主張している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

65,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は全く違うものであり、親鸞聖人は「信楽の者→正定聚」とお説きになられていることが証明されているのに、チ●ーリップ企画(=親●会)はあいかわらず「信楽=正定聚」という親鸞聖人の教えと異なるヘンテコドグマを主張している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

66,チ●ーリップ企画(=親●会)は、かつて【「弥陀の若不生者不取正覚」の「生」は、「信楽」に「生まれさせ」「極楽浄土」に「生まれさせる」というのが、親鸞聖人の教えです。】というヘンテコドグマを主張していたが、いつのまにか【「若不生者不取正覚」には「極楽浄土に生まれさせる」という意味は無い】というヘンテコドグマに変更されている。どちらもヘンテコドグマなのであるが、主張を変更したのだから、そのことをきちんと報告する義務がある。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

67,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作しようとしているチ●ーリップ企画(=親●会)は、覚如上人の『執持抄』をヘンテコな形で切り取って引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

68,覚如上人の『執持抄』に書かれている「報土に生るべき第十八の念仏往生の願因の名号をきくなり」「報土にまさしく生るべき信心」「行者の往生浄土のねがひ」という言葉は、田中氏の主張を裏付けるものである。しかし、チ●ーリップ企画(=親●会)はこの部分は引用せず、この言葉に対する解釈を述べていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

69,チ●ーリップ企画(=親●会)のヘンテコドグマが、親鸞聖人の言葉に抵触することが田中氏によって既に指摘されていることは明かである。(2008 1/8(火) 20:18 田中さんのメール)

70,しかしチ●ーリップ企画(=親●会)は、根拠となる親鸞聖人の言葉の部分を削除することによって、田中氏の主張を反論しやすい形に捏造し、捏造した意見に反論することによって、反論ができているかのような印象操作を行っている。

71,チ●ーリップ企画(=親●会)のヘンテコドグマの根拠としてあげた親鸞聖人の言葉が、全く根拠になっていないことは、既に田中氏によって証明されている。(2008 6/28(土) 20:40 田中さんのメール)

72,しかしチ●ーリップ企画(=親●会)は、根拠となる親鸞聖人の言葉の部分も田中氏の解説もほとんど全て削除することによって、田中氏の主張を反論しやすい形に捏造し、捏造した意見に反論することによって、反論ができているかのような印象操作を行っている。

73,『教行信証』信巻において親鸞聖人が「横超」と仰っているのは、「本願力によって、仏のさとりを開くこと」という意味であり、「信楽にしてみせる」という意味がないことは明白である。

74,さらに「横超」(本願力によって、仏のさとりを開くこと)が、本願成就文とイコールだとすると、「本願成就文には、死後のことは一切説かれていない」という親●会ドグマが間違いということになってしまう。

75,したがって、【横超(=弥陀の本願)=願成就(=願成就文)】という主張は、親鸞聖人の教えとは全く関係のない、チ●ーリップ企画(=親●会)に限定されたヘンテコドグマである。


こんだけツッコミが多くなるとは、
流石に予想できませんでしたね(苦笑)。
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宿題チェック!!【第33回】弥陀の救いは一念で完成する

ツッコミ!!【第33回】弥陀の救いは一念で完成する

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
※更にまた間違える!※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
※更にまた間違える!
※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

36,苦笑に詳細に解説してもらっているにも関わらず、「信楽」と「極楽浄土への往生」と「正定聚に入る益」の関係が未だにわかっておらず、「信楽」=「二種深信」がわかっていないので、親鸞聖人のお書きになられた『唯信鈔文意』を正確に読むことができていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

37,蓮如上人が、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」「自分勝手な解釈をすることは決してしてはならない」と教えられているのを無視して、自分勝手な解釈を行っている。それにも関わらず、その勝手な解釈に基づいて、親鸞聖人の言葉に基づいて語っている田中氏の解釈を批判するという暴挙を行っていることに気づいていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

38,田中氏の【チ●ーリップ企画(=親●会)の論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに真っ向から反する主張】を、【『成就文』に、真っ向から反する主張】というように虚偽の主張をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

39,「信楽をえた」ことと「極楽に生まれる」ことが「不離の関係」であると断った上で、両者が異なった概念であるとしている田中氏の主張を、「不体失往生」と「体失往生」が「全く無関係の別物」であるかのように印象操作を行い、反論しやすい形に捏造した主張に対して反論するワラ人形論法を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

40,ドグマの都合に合わせて『教行信証』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを親鸞聖人の言葉と詐称して使用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

41,ドグマの都合に合わせて『口伝鈔』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを覚如上人の言葉と詐称して使用している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

42,【はたして「若不生者」と「信楽」は、全く関係ない、切り離せるものなのか。】という問題設定が不当であることは、既に、田中氏の言葉に基づいて指摘済みである。それにも関わらず、同じ発言を繰り返し捏造した田中氏の主張に反論し、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張のヘンテコさを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

43,田中氏のメールから【「関係」という言葉は、違うものをつなげる言葉です。違うものだからこそ「関係がある」と言えるのです。】という言葉を意図的に省略して、田中氏の主張を反論しやすい形に捏造して議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

44,田中氏が親鸞聖人の言葉に基づいて自説を述べている部分を無視して、【「若不生者」から、密接不離な「信楽」を切り離して、「死んで極楽に生まれることだけ」と繰り返す】と田中氏の主張を繰り返し捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

45,宿題28で、チ●ーリップ企画(=親●会)が新しいドグマを捏造したことを突っ込んだが、これに関してチ●ーリップ企画(=親●会)は、「混乱や誤解は全くない」完全な「確信犯」であった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

46,何度も懇切丁寧なレクチャーを受けていながら、信楽と不体失往生、体失往生の関係がいまだにわかってないから、いまだに【この世で信楽に生まれる「不体失往生」】というヘンテコ主張に基づいてヘンテコ問題設定をして、ヘンテコ議論を懲りずに展開している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

47,親鸞聖人が「かならず定まりぬ」とお書きになられたのは、まだ極楽浄土に往生していないからである。また、「一念慶喜する」人が必ず極楽浄土に往生できるのは、阿弥陀仏が「若不生者不取正覚」と誓われているからだ、と解説されている。そのことが田中氏によって指摘されているにも関わらず、チ●ーリップ企画(=親●会)はその部分を意図的に削除し、田中氏の主張のみならず親鸞聖人の教えをも捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

48,間違って【高●先生が長年教えてこられてきた親●会ドグマに立って拝読すれば、】と書くべき部分に、【『成就文』の教導に立って拝読すれば、】と書いている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

49,チ●ーリップ企画(=親●会)が田中さんの主張を捏造し、捏造した見解に基づき、田中さんを批判していることは既に証明済みであるにも関わらず、反論(言い訳?)もなく同じ主著を壞れたテープレコーダの如く繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

50,チ●ーリップ企画(親●会)が、独自のヘンテコドグマを「親鸞聖人の教え」と詐称した結果、四十八項目のツッコミを入れられたにも関わらず、そのツッコミに一切解答しないまま、詐称行為を繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

51,チ●ーリップ企画(=親●会)が主張するように「即得往生」=「若不生者」であるならば、「若不生者」は「生きている間のみ」ということになるが、これは親鸞聖人の『尊号真像銘文』の記述に反するヘンテコドグマである。ということが既に田中氏に指摘されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

52,捏造した田中氏の主張に反論することによって、親●会独自のドグマを親鸞聖人の教えであると印象付けようとしている。またチ●ーリップ企画(=親●会)の主張が、田中氏にボコボコに論破されていることを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

53,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

54,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマであるが、「かの阿弥陀仏の、四十八願は衆生を摂受したまふこと、疑なく慮りなくかの願力に乗じてさだめて往生を得と信ず」という善導大師の『観経疏』所説の「二種深信」の記述に抵触する。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

55,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマであるが、「阿弥陀仏の本願」によって「すみやかに無量光明土に到りて大般涅槃を証す」ことを明かにしている親鸞聖人の『教行信証』の記述にも抵触する。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

56,親●会では、「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」の「三十六文字」が、「どんな人も 必ず助ける 絶対の幸福に」の「十六文字」に言い換えて教えられているようだが、これも根拠に基づか(け)ない、独自のドグマである。しかもこのことは既に指摘済みである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

57,自分にとって都合の悪い田中氏や苦笑のツッコミも無視しながら、矛盾していない田中氏の主張に矛盾があるかのように虚偽の主張を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

58,親鸞聖人の教えに基づいて語る田中氏のメールから、故意に親鸞聖人の教えの部分を削除して田中氏の主張を捏造し、田中氏が間違っているかのように印象操作を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

59,チ●ーリップ企画のサイトには、過去のメールのやり取りも掲載され読者が読めるのにも関わらず、露骨な捏造行為を行うのは読者を愚弄する行為である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

60,親鸞聖人は『尊号真像銘文』において、「至心信楽」を「信楽に生まれさせる御ちかい」でなく、 「信楽【すべしとすすめたまえる】御ちかい」と解釈されている。しかし、その解釈はチ●ーリップ企画(=親●会)ドグマにとって都合が悪いので、親鸞聖人の言葉を故意に削除した形に田中氏のメールを捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

61,証空上人の教義を全く知らないまま、証空上人の思想を語っているため、浄土真宗(それも覚如上人~蓮如上人の系列)に限定された「伝承」と理解すべき法論を「歴史的事実」として、間違った情報をまき散らしてしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

62,間違った情報を指摘してくれた相手に対して誠実に対応すべきにも関わらず、全く論証責任を果たさ(せ)ないままに間違った情報に基づいて相手の方を侮辱している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

63,「浄土宗を立てたのが、法然上人でなく、証空上人であると、間違っています」と十年以上も前に指摘されているにも関わらず、間違いを認めず恥知らずにも自分たちの著書にそれが指摘されたビラを紹介している。その間違いは未だに認めておらず、田中氏によって再び指摘されているが、全く間違いを改めようとしていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

64,親鸞聖人の言葉に基づいて「若不生者 不取正覚」と「即得往生、住不退転」が時間軸上別の時点に配置されることが証明されているのに、チ●ーリップ企画(=親●会)はあいかわらず【「若不生者 不取正覚」=「即得往生、住不退転」】という親鸞聖人の教えと異なるヘンテコドグマを主張している。

65,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は全く違うものであり、親鸞聖人は「信楽の者→正定聚」とお説きになられていることが証明されているのに、チ●ーリップ企画(=親●会)はあいかわらず「信楽=正定聚」という親鸞聖人の教えと異なるヘンテコドグマを主張している。

66,チ●ーリップ企画(=親●会)は、かつて【「弥陀の若不生者不取正覚」の「生」は、「信楽」に「生まれさせ」「極楽浄土」に「生まれさせる」というのが、親鸞聖人の教えです。】というヘンテコドグマを主張していたが、いつのまにか【「若不生者不取正覚」には「極楽浄土に生まれさせる」という意味は無い】というヘンテコドグマに変更されている。どちらもヘンテコドグマなのであるが、主張を変更したのだから、そのことをきちんと報告する義務がある。

67,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作しようとしているチ●ーリップ企画(=親●会)は、覚如上人の『執持抄』をヘンテコな形で切り取って引用している。

68,覚如上人の『執持抄』に書かれている「報土に生るべき第十八の念仏往生の願因の名号をきくなり」「報土にまさしく生るべき信心」「行者の往生浄土のねがひ」という言葉は、田中氏の主張を裏付けるものである。しかし、チ●ーリップ企画(=親●会)はこの部分は引用せず、この言葉に対する解釈を述べていない。


ツッコミ所が多すぎて、
スクロールするだけで大変ですわ(苦笑)。

宿題チェック!【第32回】あくまでも本願を分断する田中氏

ツッコミ!!【第32回】あくまでも本願を分断する田中氏

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
※更にまた間違える!※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
※更にまた間違える!
※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

36,苦笑に詳細に解説してもらっているにも関わらず、「信楽」と「極楽浄土への往生」と「正定聚に入る益」の関係が未だにわかっておらず、「信楽」=「二種深信」がわかっていないので、親鸞聖人のお書きになられた『唯信鈔文意』を正確に読むことができていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

37,蓮如上人が、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」「自分勝手な解釈をすることは決してしてはならない」と教えられているのを無視して、自分勝手な解釈を行っている。それにも関わらず、その勝手な解釈に基づいて、親鸞聖人の言葉に基づいて語っている田中氏の解釈を批判するという暴挙を行っていることに気づいていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

38,田中氏の【チ●ーリップ企画(=親●会)の論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに真っ向から反する主張】を、【『成就文』に、真っ向から反する主張】というように虚偽の主張をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

39,「信楽をえた」ことと「極楽に生まれる」ことが「不離の関係」であると断った上で、両者が異なった概念であるとしている田中氏の主張を、「不体失往生」と「体失往生」が「全く無関係の別物」であるかのように印象操作を行い、反論しやすい形に捏造した主張に対して反論するワラ人形論法を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

40,ドグマの都合に合わせて『教行信証』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを親鸞聖人の言葉と詐称して使用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

41,ドグマの都合に合わせて『口伝鈔』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを覚如上人の言葉と詐称して使用している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

42,【はたして「若不生者」と「信楽」は、全く関係ない、切り離せるものなのか。】という問題設定が不当であることは、既に、田中氏の言葉に基づいて指摘済みである。それにも関わらず、同じ発言を繰り返し捏造した田中氏の主張に反論し、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張のヘンテコさを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

43,田中氏のメールから【「関係」という言葉は、違うものをつなげる言葉です。違うものだからこそ「関係がある」と言えるのです。】という言葉を意図的に省略して、田中氏の主張を反論しやすい形に捏造して議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

44,田中氏が親鸞聖人の言葉に基づいて自説を述べている部分を無視して、【「若不生者」から、密接不離な「信楽」を切り離して、「死んで極楽に生まれることだけ」と繰り返す】と田中氏の主張を繰り返し捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

45,宿題28で、チ●ーリップ企画(=親●会)が新しいドグマを捏造したことを突っ込んだが、これに関してチ●ーリップ企画(=親●会)は、「混乱や誤解は全くない」完全な「確信犯」であった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

46,何度も懇切丁寧なレクチャーを受けていながら、信楽と不体失往生、体失往生の関係がいまだにわかってないから、いまだに【この世で信楽に生まれる「不体失往生」】というヘンテコ主張に基づいてヘンテコ問題設定をして、ヘンテコ議論を懲りずに展開している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

47,親鸞聖人が「かならず定まりぬ」とお書きになられたのは、まだ極楽浄土に往生していないからである。また、「一念慶喜する」人が必ず極楽浄土に往生できるのは、阿弥陀仏が「若不生者不取正覚」と誓われているからだ、と解説されている。そのことが田中氏によって指摘されているにも関わらず、チ●ーリップ企画(=親●会)はその部分を意図的に削除し、田中氏の主張のみならず親鸞聖人の教えをも捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

48,間違って【高●先生が長年教えてこられてきた親●会ドグマに立って拝読すれば、】と書くべき部分に、【『成就文』の教導に立って拝読すれば、】と書いている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

49,チ●ーリップ企画(=親●会)が田中さんの主張を捏造し、捏造した見解に基づき、田中さんを批判していることは既に証明済みであるにも関わらず、反論(言い訳?)もなく同じ主著を壞れたテープレコーダの如く繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

50,チ●ーリップ企画(親●会)が、独自のヘンテコドグマを「親鸞聖人の教え」と詐称した結果、四十八項目のツッコミを入れられたにも関わらず、そのツッコミに一切解答しないまま、詐称行為を繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

51,チ●ーリップ企画(=親●会)が主張するように「即得往生」=「若不生者」であるならば、「若不生者」は「生きている間のみ」ということになるが、これは親鸞聖人の『尊号真像銘文』の記述に反するヘンテコドグマである。ということが既に田中氏に指摘されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

52,捏造した田中氏の主張に反論することによって、親●会独自のドグマを親鸞聖人の教えであると印象付けようとしている。またチ●ーリップ企画(=親●会)の主張が、田中氏にボコボコに論破されていることを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

53,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

54,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマであるが、「かの阿弥陀仏の、四十八願は衆生を摂受したまふこと、疑なく慮りなくかの願力に乗じてさだめて往生を得と信ず」という善導大師の『観経疏』所説の「二種深信」の記述に抵触する。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

55,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマであるが、「阿弥陀仏の本願」によって「すみやかに無量光明土に到りて大般涅槃を証す」ことを明かにしている親鸞聖人の『教行信証』の記述にも抵触する。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

56,親●会では、「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」の「三十六文字」が、「どんな人も 必ず助ける 絶対の幸福に」の「十六文字」に言い換えて教えられているようだが、これも根拠に基づか(け)ない、独自のドグマである。しかもこのことは既に指摘済みである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

57,自分にとって都合の悪い田中氏や苦笑のツッコミも無視しながら、矛盾していない田中氏の主張に矛盾があるかのように虚偽の主張を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

58,親鸞聖人の教えに基づいて語る田中氏のメールから、故意に親鸞聖人の教えの部分を削除して田中氏の主張を捏造し、田中氏が間違っているかのように印象操作を行っている。

59,チ●ーリップ企画のサイトには、過去のメールのやり取りも掲載され読者が読めるのにも関わらず、露骨な捏造行為を行うのは読者を愚弄する行為である。

60,親鸞聖人は『尊号真像銘文』において、「至心信楽」を「信楽に生まれさせる御ちかい」でなく、 「信楽【すべしとすすめたまえる】御ちかい」と解釈されている。しかし、その解釈はチ●ーリップ企画(=親●会)ドグマにとって都合が悪いので、親鸞聖人の言葉を故意に削除した形に田中氏のメールを捏造している。



田中さんの主張を捏造するより、
自分に課せられた宿題を解答する方を、
優先した方がいいんじゃない?(苦笑)

宿題チェック!!【第31回】「若不生者」に疑い晴れるのは平生

【第31回】「若不生者」に疑い晴れるのは平生

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
※更にまた間違える!※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
※更にまた間違える!
※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

36,苦笑に詳細に解説してもらっているにも関わらず、「信楽」と「極楽浄土への往生」と「正定聚に入る益」の関係が未だにわかっておらず、「信楽」=「二種深信」がわかっていないので、親鸞聖人のお書きになられた『唯信鈔文意』を正確に読むことができていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

37,蓮如上人が、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」「自分勝手な解釈をすることは決してしてはならない」と教えられているのを無視して、自分勝手な解釈を行っている。それにも関わらず、その勝手な解釈に基づいて、親鸞聖人の言葉に基づいて語っている田中氏の解釈を批判するという暴挙を行っていることに気づいていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

38,田中氏の【チ●ーリップ企画(=親●会)の論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに真っ向から反する主張】を、【『成就文』に、真っ向から反する主張】というように虚偽の主張をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

39,「信楽をえた」ことと「極楽に生まれる」ことが「不離の関係」であると断った上で、両者が異なった概念であるとしている田中氏の主張を、「不体失往生」と「体失往生」が「全く無関係の別物」であるかのように印象操作を行い、反論しやすい形に捏造した主張に対して反論するワラ人形論法を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

40,ドグマの都合に合わせて『教行信証』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを親鸞聖人の言葉と詐称して使用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

41,ドグマの都合に合わせて『口伝鈔』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを覚如上人の言葉と詐称して使用している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

42,【はたして「若不生者」と「信楽」は、全く関係ない、切り離せるものなのか。】という問題設定が不当であることは、既に、田中氏の言葉に基づいて指摘済みである。それにも関わらず、同じ発言を繰り返し捏造した田中氏の主張に反論し、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張のヘンテコさを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

43,田中氏のメールから【「関係」という言葉は、違うものをつなげる言葉です。違うものだからこそ「関係がある」と言えるのです。】という言葉を意図的に省略して、田中氏の主張を反論しやすい形に捏造して議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

44,田中氏が親鸞聖人の言葉に基づいて自説を述べている部分を無視して、【「若不生者」から、密接不離な「信楽」を切り離して、「死んで極楽に生まれることだけ」と繰り返す】と田中氏の主張を繰り返し捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

45,宿題28で、チ●ーリップ企画(=親●会)が新しいドグマを捏造したことを突っ込んだが、これに関してチ●ーリップ企画(=親●会)は、「混乱や誤解は全くない」完全な「確信犯」であった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

46,何度も懇切丁寧なレクチャーを受けていながら、信楽と不体失往生、体失往生の関係がいまだにわかってないから、いまだに【この世で信楽に生まれる「不体失往生」】というヘンテコ主張に基づいてヘンテコ問題設定をして、ヘンテコ議論を懲りずに展開している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

47,親鸞聖人が「かならず定まりぬ」とお書きになられたのは、まだ極楽浄土に往生していないからである。また、「一念慶喜する」人が必ず極楽浄土に往生できるのは、阿弥陀仏が「若不生者不取正覚」と誓われているからだ、と解説されている。そのことが田中氏によって指摘されているにも関わらず、チ●ーリップ企画(=親●会)はその部分を意図的に削除し、田中氏の主張のみならず親鸞聖人の教えをも捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

48,間違って【高●先生が長年教えてこられてきた親●会ドグマに立って拝読すれば、】と書くべき部分に、【『成就文』の教導に立って拝読すれば、】と書いている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

49,チ●ーリップ企画(=親●会)が田中さんの主張を捏造し、捏造した見解に基づき、田中さんを批判していることは既に証明済みであるにも関わらず、反論(言い訳?)もなく同じ主著を壞れたテープレコーダの如く繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

50,チ●ーリップ企画(親●会)が、独自のヘンテコドグマを「親鸞聖人の教え」と詐称した結果、四十八項目のツッコミを入れられたにも関わらず、そのツッコミに一切解答しないまま、詐称行為を繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

51,チ●ーリップ企画(=親●会)が主張するように「即得往生」=「若不生者」であるならば、「若不生者」は「生きている間のみ」ということになるが、これは親鸞聖人の『尊号真像銘文』の記述に反するヘンテコドグマである。ということが既に田中氏に指摘されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!
→ × また同じ間違え~!超残念!

52,捏造した田中氏の主張に反論することによって、親●会独自のドグマを親鸞聖人の教えであると印象付けようとしている。またチ●ーリップ企画(=親●会)の主張が、田中氏にボコボコに論破されていることを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!
→ × また同じ間違え~!超残念!



※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

53,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマである。

54,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマであるが、「かの阿弥陀仏の、四十八願は衆生を摂受したまふこと、疑なく慮りなくかの願力に乗じてさだめて往生を得と信ず」という善導大師の『観経疏』所説の「二種深信」の記述に抵触する。

55,【本願を信じる心(信楽)が生まれたこと=本願三十六文字すべてに疑い晴れたこと】というチ●ーリップ企画(=親●会)の解釈は、阿弥陀仏の本願を「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」だけに限定したかのような解釈である。この解釈は全く根拠に基づか(け)ない独自のドグマであるが、「阿弥陀仏の本願」によって「すみやかに無量光明土に到りて大般涅槃を証す」ことを明かにしている親鸞聖人の『教行信証』の記述にも抵触する。

56,親●会では、「設我得佛 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚 唯除五逆 誹謗正法」の「三十六文字」が、「どんな人も 必ず助ける 絶対の幸福に」の「十六文字」に言い換えて教えられているようだが、これも根拠に基づか(け)ない、独自のドグマである。しかもこのことは既に指摘済みである。

57,自分にとって都合の悪い田中氏や苦笑のツッコミも無視しながら、矛盾していない田中氏の主張に矛盾があるかのように虚偽の主張を行っている。



チ●ーリップ企画は、いったい誰のために更新してるんやろね~。
まともな読解力のある会員の人は呆れるだけだろうし、
僕ちゃんのツッコミを読まれたらすごいヤバイし、
本当、ただの自己満足なんだよね(苦笑)。

まあ、ツッコミを入れる僕の方は、
ファンも友達もいっぱい増えたから、いいんだけどね(笑)。

宿題チェック!!【第30回】本願を信受する時

ツッコミ!【第30回】本願を信受する時

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
※更にまた間違える!※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
※更にまた間違える!
※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

36,苦笑に詳細に解説してもらっているにも関わらず、「信楽」と「極楽浄土への往生」と「正定聚に入る益」の関係が未だにわかっておらず、「信楽」=「二種深信」がわかっていないので、親鸞聖人のお書きになられた『唯信鈔文意』を正確に読むことができていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

37,蓮如上人が、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」「自分勝手な解釈をすることは決してしてはならない」と教えられているのを無視して、自分勝手な解釈を行っている。それにも関わらず、その勝手な解釈に基づいて、親鸞聖人の言葉に基づいて語っている田中氏の解釈を批判するという暴挙を行っていることに気づいていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

38,田中氏の【チ●ーリップ企画(=親●会)の論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに真っ向から反する主張】を、【『成就文』に、真っ向から反する主張】というように虚偽の主張をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

39,「信楽をえた」ことと「極楽に生まれる」ことが「不離の関係」であると断った上で、両者が異なった概念であるとしている田中氏の主張を、「不体失往生」と「体失往生」が「全く無関係の別物」であるかのように印象操作を行い、反論しやすい形に捏造した主張に対して反論するワラ人形論法を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

40,ドグマの都合に合わせて『教行信証』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを親鸞聖人の言葉と詐称して使用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

41,ドグマの都合に合わせて『口伝鈔』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを覚如上人の言葉と詐称して使用している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

42,【はたして「若不生者」と「信楽」は、全く関係ない、切り離せるものなのか。】という問題設定が不当であることは、既に、田中氏の言葉に基づいて指摘済みである。それにも関わらず、同じ発言を繰り返し捏造した田中氏の主張に反論し、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張のヘンテコさを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

43,田中氏のメールから【「関係」という言葉は、違うものをつなげる言葉です。違うものだからこそ「関係がある」と言えるのです。】という言葉を意図的に省略して、田中氏の主張を反論しやすい形に捏造して議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

44,田中氏が親鸞聖人の言葉に基づいて自説を述べている部分を無視して、【「若不生者」から、密接不離な「信楽」を切り離して、「死んで極楽に生まれることだけ」と繰り返す】と田中氏の主張を繰り返し捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

45,宿題28で、チ●ーリップ企画(=親●会)が新しいドグマを捏造したことを突っ込んだが、これに関してチ●ーリップ企画(=親●会)は、「混乱や誤解は全くない」完全な「確信犯」であった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

46,何度も懇切丁寧なレクチャーを受けていながら、信楽と不体失往生、体失往生の関係がいまだにわかってないから、いまだに【この世で信楽に生まれる「不体失往生」】というヘンテコ主張に基づいてヘンテコ問題設定をして、ヘンテコ議論を懲りずに展開している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

47,親鸞聖人が「かならず定まりぬ」とお書きになられたのは、まだ極楽浄土に往生していないからである。また、「一念慶喜する」人が必ず極楽浄土に往生できるのは、阿弥陀仏が「若不生者不取正覚」と誓われているからだ、と解説されている。そのことが田中氏によって指摘されているにも関わらず、チ●ーリップ企画(=親●会)はその部分を意図的に削除し、田中氏の主張のみならず親鸞聖人の教えをも捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

48,間違って【高●先生が長年教えてこられてきた親●会ドグマに立って拝読すれば、】と書くべき部分に、【『成就文』の教導に立って拝読すれば、】と書いている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!





※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

49,チ●ーリップ企画(=親●会)が田中さんの主張を捏造し、捏造した見解に基づき、田中さんを批判していることは既に証明済みであるにも関わらず、反論(言い訳?)もなく同じ主著を壞れたテープレコーダの如く繰り返している。

50,チ●ーリップ企画(親●会)が、独自のヘンテコドグマを「親鸞聖人の教え」と詐称した結果、四十八項目のツッコミを入れられたにも関わらず、そのツッコミに一切解答しないまま、詐称行為を繰り返している。

51,チ●ーリップ企画(=親●会)が主張するように「即得往生」=「若不生者」であるならば、「若不生者」は「生きている間のみ」ということになるが、これは親鸞聖人の『尊号真像銘文』の記述に反するヘンテコドグマである。ということが既に田中氏に指摘されている。

52,捏造した田中氏の主張に反論することによって、親●会独自のドグマを親鸞聖人の教えであると印象付けようとしている。またチ●ーリップ企画(=親●会)の主張が、田中氏にボコボコに論破されていることを誤魔化そうとしている。



今年は、いきなり沢山の方に声援を頂いたし、
もっともっと頑張っていきまっせ~!!



ところで、チ●ーリップ企画(=親●会)を応援する人って、
誰かおらへんのかな~?

おるなら、ぜひとも代わりにこの宿題に解答してほしいわ(苦笑)。

宿題チェック!!【第29回】「若不生者のちかい」の真意

ツッコミ!【第29回】「若不生者のちかい」の真意

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
※更にまた間違える!※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
※更にまた間違える!
※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

36,苦笑に詳細に解説してもらっているにも関わらず、「信楽」と「極楽浄土への往生」と「正定聚に入る益」の関係が未だにわかっておらず、「信楽」=「二種深信」がわかっていないので、親鸞聖人のお書きになられた『唯信鈔文意』を正確に読むことができていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

37,蓮如上人が、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」「自分勝手な解釈をすることは決してしてはならない」と教えられているのを無視して、自分勝手な解釈を行っている。それにも関わらず、その勝手な解釈に基づいて、親鸞聖人の言葉に基づいて語っている田中氏の解釈を批判するという暴挙を行っていることに気づいていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

38,田中氏の【チ●ーリップ企画(=親●会)の論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに真っ向から反する主張】を、【『成就文』に、真っ向から反する主張】というように虚偽の主張をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

39,「信楽をえた」ことと「極楽に生まれる」ことが「不離の関係」であると断った上で、両者が異なった概念であるとしている田中氏の主張を、「不体失往生」と「体失往生」が「全く無関係の別物」であるかのように印象操作を行い、反論しやすい形に捏造した主張に対して反論するワラ人形論法を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

40,ドグマの都合に合わせて『教行信証』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを親鸞聖人の言葉と詐称して使用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

41,ドグマの都合に合わせて『口伝鈔』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを覚如上人の言葉と詐称して使用している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

42,【はたして「若不生者」と「信楽」は、全く関係ない、切り離せるものなのか。】という問題設定が不当であることは、既に、田中氏の言葉に基づいて指摘済みである。それにも関わらず、同じ発言を繰り返し捏造した田中氏の主張に反論し、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張のヘンテコさを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

43,田中氏のメールから【「関係」という言葉は、違うものをつなげる言葉です。違うものだからこそ「関係がある」と言えるのです。】という言葉を意図的に省略して、田中氏の主張を反論しやすい形に捏造して議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

44,田中氏が親鸞聖人の言葉に基づいて自説を述べている部分を無視して、【「若不生者」から、密接不離な「信楽」を切り離して、「死んで極楽に生まれることだけ」と繰り返す】と田中氏の主張を繰り返し捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

45,宿題28で、チ●ーリップ企画(=親●会)が新しいドグマを捏造したことを突っ込んだが、これに関してチ●ーリップ企画(=親●会)は、「混乱や誤解は全くない」完全な「確信犯」であった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!



※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

46,何度も懇切丁寧なレクチャーを受けていながら、信楽と不体失往生、体失往生の関係がいまだにわかってないから、いまだに【この世で信楽に生まれる「不体失往生」】というヘンテコ主張に基づいてヘンテコ問題設定をして、ヘンテコ議論を懲りずに展開している。

47,親鸞聖人が「かならず定まりぬ」とお書きになられたのは、まだ極楽浄土に往生していないからである。また、「一念慶喜する」人が必ず極楽浄土に往生できるのは、阿弥陀仏が「若不生者不取正覚」と誓われているからだ、と解説されている。そのことが田中氏によって指摘されているにも関わらず、チ●ーリップ企画(=親●会)はその部分を意図的に削除し、田中氏の主張のみならず親鸞聖人の教えをも捏造している。

48,間違って【高●先生が長年教えてこられてきた親●会ドグマに立って拝読すれば、】と書くべき部分に、【『成就文』の教導に立って拝読すれば、】と書いている。



チ●ーリップ企画(=親●会)が更新する度に、
僕ちゃんのツッコミを期待してか、
このサイトのアクセスがガンガン上昇するんで、
これからも頑張って更新して、
崩壊しながら真実を明かにしてね~(笑)。

宿題チェック!【第28回】「若不生者」と「信楽」の関係

ツッコミ!【第28回】「若不生者」と「信楽」の関係


1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
※更にまた間違える!※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
※更にまた間違える!
※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 意図的な捏造を自白!!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

36,苦笑に詳細に解説してもらっているにも関わらず、「信楽」と「極楽浄土への往生」と「正定聚に入る益」の関係が未だにわかっておらず、「信楽」=「二種深信」がわかっていないので、親鸞聖人のお書きになられた『唯信鈔文意』を正確に読むことができていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

37,蓮如上人が、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」「自分勝手な解釈をすることは決してしてはならない」と教えられているのを無視して、自分勝手な解釈を行っている。それにも関わらず、その勝手な解釈に基づいて、親鸞聖人の言葉に基づいて語っている田中氏の解釈を批判するという暴挙を行っていることに気づいていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

38,田中氏の【チ●ーリップ企画(=親●会)の論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに真っ向から反する主張】を、【『成就文』に、真っ向から反する主張】というように虚偽の主張をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

39,「信楽をえた」ことと「極楽に生まれる」ことが「不離の関係」であると断った上で、両者が異なった概念であるとしている田中氏の主張を、「不体失往生」と「体失往生」が「全く無関係の別物」であるかのように印象操作を行い、反論しやすい形に捏造した主張に対して反論するワラ人形論法を行っている。
→ × 捏造した見解に基づく反論を企て!失敗!

40,ドグマの都合に合わせて『教行信証』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを親鸞聖人の言葉と詐称して使用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

41,ドグマの都合に合わせて『口伝鈔』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを覚如上人の言葉と詐称して使用している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!



※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

42,【はたして「若不生者」と「信楽」は、全く関係ない、切り離せるものなのか。】という問題設定が不当であることは、既に、田中氏の言葉に基づいて指摘済みである。それにも関わらず、同じ発言を繰り返し捏造した田中氏の主張に反論し、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張のヘンテコさを誤魔化そうとしている。

43,田中氏のメールから【「関係」という言葉は、違うものをつなげる言葉です。違うものだからこそ「関係がある」と言えるのです。】という言葉を意図的に省略して、田中氏の主張を反論しやすい形に捏造して議論を進めている。

44,田中氏が親鸞聖人の言葉に基づいて自説を述べている部分を無視して、【「若不生者」から、密接不離な「信楽」を切り離して、「死んで極楽に生まれることだけ」と繰り返す】と田中氏の主張を繰り返し捏造している。

45,宿題28で、チ●ーリップ企画(=親●会)が新しいドグマを捏造したことを突っ込んだが、これに関してチ●ーリップ企画(=親●会)は、「混乱や誤解は全くない」完全な「確信犯」であった。

まったくも~(苦笑)。
ツッコミをしっかり意識してる癖に、
中途半端な答えをするから、
ますます恥ずかしい醜態を晒すのよ(苦笑)。


宿題チェック!【第27回】田中氏の「往生」の誤解

ホンマニ、よ~笑わせてくれますわ(苦笑)。
 ↓
ツッコミ!【第27回】田中氏の「往生」の誤解


1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
※更にまた間違える!※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ ××××× ふう。。。

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
※更にまた間違える!
※またまた間違える!!※懲りずに間違える!
→ ××××× ふう。。。


14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

36,苦笑に詳細に解説してもらっているにも関わらず、「信楽」と「極楽浄土への往生」と「正定聚に入る益」の関係が未だにわかっておらず、「信楽」=「二種深信」がわかっていないので、親鸞聖人のお書きになられた『唯信鈔文意』を正確に読むことができていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

37,蓮如上人が、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」「自分勝手な解釈をすることは決してしてはならない」と教えられているのを無視して、自分勝手な解釈を行っている。それにも関わらず、その勝手な解釈に基づいて、親鸞聖人の言葉に基づいて語っている田中氏の解釈を批判するという暴挙を行っていることに気づいていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

38,田中氏の【チ●ーリップ企画(=親●会)の論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに真っ向から反する主張】を、【『成就文』に、真っ向から反する主張】というように虚偽の主張をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!



※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

39,「信楽をえた」ことと「極楽に生まれる」ことが「不離の関係」であると断った上で、両者が異なった概念であるとしている田中氏の主張を、「不体失往生」と「体失往生」が「全く無関係の別物」であるかのように印象操作を行い、反論しやすい形に捏造した主張に対して反論するワラ人形論法を行っている。

40,ドグマの都合に合わせて『教行信証』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを親鸞聖人の言葉と詐称して使用している。

41,ドグマの都合に合わせて『口伝鈔』の言葉をヘンテコな形でカットして引用し新たなドグマを捏造し、それを覚如上人の言葉と詐称して使用している


一つアドバイスしておくけど、
僕ちゃんのツッコミを通して、
読者もどんどん学習して成長してるから、
よほど心して文章を書かないと、
インチキが速攻でバレてしまいまっせ(苦笑)。

まあ、自滅しながら教えを明らかにしたいなら、
全力で協力してあげるけどね(笑)。

宿題チェック【26回目】田中氏の一貫した主張

もう書くネタがないのに、なんで更新するんだろうね~?
タコ殴りにされるだけなのに(苦笑)。

ツッコミ【26回目】田中氏の一貫した主張

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
※更にまた間違える!※またまた間違える!!
→ ×××× またまたま同じ間違え~!超残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
※更にまた間違える!
※またまた間違える!!
→ ×××× またまたまた同じ間違え~!超残念!


14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

36,苦笑に詳細に解説してもらっているにも関わらず、「信楽」と「極楽浄土への往生」と「正定聚に入る益」の関係が未だにわかっておらず、「信楽」=「二種深信」がわかっていないので、親鸞聖人のお書きになられた『唯信鈔文意』を正確に読むことができていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

37,蓮如上人が、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」「自分勝手な解釈をすることは決してしてはならない」と教えられているのを無視して、自分勝手な解釈を行っている。それにも関わらず、その勝手な解釈に基づいて、親鸞聖人の言葉に基づいて語っている田中氏の解釈を批判するという暴挙を行っていることに気づいていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!


※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

38,田中氏の【チ●ーリップ企画(=親●会)の論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに真っ向から反する主張】を、【『成就文』に、真っ向から反する主張】というように虚偽の主張をしている。


崩壊させながら真実を明かにするつもりなら、
今後も全力で協力しまっせ~♪

宿題チェ~ック!!【第25回】田中氏の『唯信鈔文意』の誤解

今回も、ひどいものでしたね~(苦笑)。

ツッコミ【第25回】田中氏の『唯信鈔文意』の誤解

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
※更にまた間違える!
→ ××× またまた同じ間違え~!超残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
※更にまた間違える!

→ ××× またまた同じ間違え~!超残念!


14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!


※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

36,苦笑に詳細に解説してもらっているにも関わらず、「信楽」と「極楽浄土への往生」と「正定聚に入る益」の関係が未だにわかっておらず、「信楽」=「二種深信」がわかっていないので、親鸞聖人のお書きになられた『唯信鈔文意』を正確に読むことができていない。

37,蓮如上人が、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」「自分勝手な解釈をすることは決してしてはならない」と教えられているのを無視して、自分勝手な解釈を行っている。それにも関わらず、その勝手な解釈に基づいて、親鸞聖人の言葉に基づいて語っている田中氏の解釈を批判するという暴挙を行っていることに気づいていない。


まあ、いつもよ~笑わせてくれますわ~♪
苦笑だけど(苦笑)。



宿題チェ~ック!!【第24回】田中氏のメールの検証

今回も宿題は一つも解決してませんね(苦笑)。
 ↓↓↓
ツッコミ!【第24回】田中氏のメールの検証

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!
→ ×× また同じ間違え~!超残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!
→ ×× また同じ間違え~!超残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

31,サンスクリット文を読むように勧める進言を無視したため、「本願の解釈を誤る」という教義上致命的な誤りに気づけなかった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!


※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

32,ヘンテコドグマに矛盾しない、新たに捏造したヘンテコドグマを「親鸞聖人や覚如上人、蓮如上人方のご教示」と詐称する虚偽の発言をしている。

33,田中氏が言っていないことを言ったかのように捏造している。更にそのことは既に論拠に基づき指摘されているにも関わらず、無視している。

34,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、親鸞聖人が時間軸上の別の時点に配置されている「この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり」と「至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生まれずは、仏にならじとちかいたまえる御のりなり」を、勝手に同時点に配置している。

35,『尊号真像銘文』の文を意図的に省略して解釈しているため、「信楽すべしとすすめたまえる御ちかい」と親鸞聖人が解釈しているものを、【弥陀の正覚は「この世、信楽に生まれさせる」ことに懸けられている】と解釈している。



あと、教義上の問題点がたっぷり指摘されるんだから、
もう田中さんの主張を捏造するだけじゃだめよ(苦笑)。

宿題チェック【第23回】現当二益の法門

宿題に答えるのは、もう諦めたのかいな(苦笑)。
 ↓↓↓
ツッコミ!【第23回】現当二益の法門

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!


※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

26,苦笑に詳細な解説をしてもらったにも関わらず、未だに「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を正確に理解していないため、田中氏が指摘する問題点の重大さが未だにわかっていない。

27,「浄土真宗・親鸞聖人の教えは現当二益の法門であることは明々白々」ことを解説することによって、「信楽」「現益」「当益」が意味している概念を理解していないチ●ーリップ企画(親●会)ドグマの誤りを自ら証明している。ただし「正定聚不退転の身(信楽)」という記述は、論拠に基づか(け)ないドグマである。

28,「等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願、成就すればなり」という「正信偈」の言葉を、「この世で等覚(正定聚)の身に成っている人が、必ず浄土へ往って仏覚が得られるのは、弥陀の十一願が成就しているからである」と訳し、勝手に「極楽浄土に往生するのが、十一願が成就しているから」という新しいドグマを捏造している。しかもこのドグマを根拠に自説の正しさを証明しようとしている。もちろん勝手に捏造したドグマは根拠にはならない。

29,「往生」と「成仏」の間に時間を介在しないとしても、両者は全く別の概念である。したがって、【十一願の「必至滅度の願」が成就しているから極楽浄土に往生した人が間違いなく成仏できる】ということが、チ●ーリップ企画(=親●会)の主張が正しいことの根拠とはならない。

30,「等覚を成り大涅槃を証する」と、明らかに「死後のこと」が書かれている『教行信証』の一文を引用し、【『教行信証』にも、死後のことは説かれていなくても】という以前の自説が誤りであることを自ら証明していながら、自説の撤回も謝罪もない。あるいは「正信偈」が『教行信証』に収録されていることを知らないで引用している。


もう宿題に答えるのは無理ですかね~?(苦笑)

50年間教えてきたことを訂正するのは、
まあこりゃ無理かな(苦笑)。
訂正したら、むしろ逆に尊敬するのにね~。

というか、新しくドグマ作りすぎだし(苦笑)。

宿題チェック【第22回】「若不生者」で「生まれさせられる」もの

宿題増えるだけでっせ。大丈夫かいな(苦笑)。
 ↓↓↓
ツッコミ!【第22回】「若不生者」で「生まれさせられる」もの

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」を「信後の世界」に勝手に改変している。">5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できず、死ぬ前には後生未来のことがわからない信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。">6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。">7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。">8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。">9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。">10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。">11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。">12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている扱っている。">13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している。">14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。">15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。">16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。">17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。">18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。">19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。">20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。">21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!


※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

5,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになった。">A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親鸞会ドグマに基づいて勝手に解釈した。">C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。">22,古典文法&親鸞聖人の教えがわかっていないから、親鸞聖人の和讚をまともに解釈することができない。しかも文法上の誤りを指摘されても「間違った文法も、へちまも、あるはずないではないか」と居直り、「聖教は、文字に書かれている文面の通りに理解するべきである」という蓮如上人の教えに反している。

23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。">23,「生るべからざるものを生れさせたれば」を現益に解釈しても当益に解釈しても、「若不生者」を「信楽に生まれさせる」と解釈する根拠とはならない。しかし「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、そのことが理解できていない。

24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。">24,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」が違うものであることがわかっていないため、「信楽に生まれる」ことを阿弥陀仏が誓ってたら「生まるべからざるもの」ならないという当然の論理的思考ができてない。

25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。">25,チ●ーリップ企画(=親●会)のドグマに抵触しないように、『御文章』の文章を恣意的な形に省略して加工している。そのため「ただ一念に弥陀をたのむ衆生」になるために、善知識が「弥陀の本願信ずべし」と教えられている部分も省略されている。



一つアドバイスしてあげるけど、
チ●ーリップ企画(親●会)が更新するから、
ボコボコにツッコミ入れられるのよ(苦笑)。
ショウモナイ言い訳しなけりゃ、
こんな無様なことにならなかったのにね。

どんだけ醜態を晒すつもりなの?(苦笑)
もう、どうなっても知りまへんで~(苦笑)。

宿題チェック【第21回】苦しみ悩み流転輪廻する真因

今回も、宿題が全然できてませんね(苦笑)。
 ↓
ツッコミ!【第21回】苦しみ悩み流転輪廻する真因

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!


※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

21,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「信心をとる人が稀だから極楽に往生できる人が少ない」「衆生に疑情があるために輪廻してしまう」という善知識の教えに抵触している。しかもそのことをチ●ーリップ企画(=親●会)が自分で論証してしまっている。

宿題チェ~ック!!

さてさて、宿題はどないなってますやろな(苦笑)。

ツッコミ!【第20回】なぜ若不生者と誓われたのか

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

19,「本願」が「現在では既に実現している誓願」を意味していることがわかってないため、未だに実現していない内容を「本願」の中身にしている。このような解釈は善導大師・法然上人・親鸞聖人と継承されている「本願」の解釈に著しく抵触している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】

弥陀が「若し、生まれずは私は正覚を取らぬ」と誓われているのは、【第20回】他



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

20,阿弥陀仏の本願が「若し、信楽に生まれずは正覚を取らぬ」であるとするチ●ーリップ企画(=親●会)のドグマは、「真実信心の人はありがたき」という親鸞聖人の言葉と完全に矛盾している。

宿題チェ~ック!!【第19回】『成就文』の即得往生の正意

宿題かなりたまってますよ~ん(苦笑)。

ツッコミ!【第19回】『成就文』の即得往生の正意

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

17,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『執持抄』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「娑婆のおわり臨終」とされた時点が「往生が定まる」時点であり、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。

18,根拠に基づか(け)ないヘンテコドグマを前提にし、しかも『改邪鈔』を途中で切断して解説を行っているために、覚如上人が「自力をすてて他力に帰する」と仰った「時分」が、「若不生者 不取正覚」とは時間軸上の別の時点に配置されることが理解できていない。


宿題チェ~ック!!【第18回】親鸞聖人の即得往生の解説

今回も、ツッコミが多くておまけコーナーに書くスペースがなかった(笑)。

ツッコミ!【第18回】親鸞聖人の即得往生の解説

1,「信楽にさせる」「名号を与える」ことを誓った、本願文の根拠を出さ(せ)ないにも関わらず、そのことを前提に議論を進めている。しかも関係ないことをぐちゃぐちゃ書くことによってそのことを誤魔化そうとしている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

2,「信楽の者→正定聚」と「信楽=正定聚」は違うものであるのに、そのことを理解できてないまま議論を進めている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

3,名号と光明が合わさってはじめて信心がえられるのに、名号だけでOKみたいに印象操作している。しかも、ドグマに併せて覚如上人の『執持抄』の超重要な箇所を、ヘンテコな形で切り取って引用し資料を捏造している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

4,衆生が「聞きて疑心あることなし」になれなかったら、「本願力回向の信心」を獲得することができないから、極楽浄土に往生することは確定しないことが『教行信証』で明らかにされている。それにも関わらず、「聞きて疑心あることなし」になって「本願力回向の信心」を獲得することまで阿弥陀仏が本願文で誓ったことにして、全ての人が無条件で極楽浄土に往生することが確定してしまっているために、見事な「十劫安心」に陥っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

5,親●会ドグマと矛盾しないように、『唯信鈔文意』に説かれる「仏道のスタート」「方便の至誠心」を「信後の世界」に勝手に改変しドグマ化している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

6,信楽と本願の関係がわかってないから、法の深信が正確に解釈できておらず、将来間違いなく極楽浄土に往生する身になれず、現在「正定聚に入る益」もない。そのため「信楽の身」を自称しながら「死ぬ前には後生未来のことがわからない」信心になっている。これは「メンタルテスト」と言い訳しても誤魔化せない致命的な誤りである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

7,サンスクリット文や漢訳原文を読ま(め)ないで、親鸞聖人の読み方を採用した「書き下し」に基づいて論を展開したために、『無量寿経』の願成就文から言えないことを言えるかのように誤って語ってしまっている。さらに、既にその誤りは指摘されているのにも関わらず、同じ誤りを繰り返している。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

8,「阿弥陀仏が名号を与える」ことと「衆生が名号を受け取る」ことの関係の説明が曖昧である。そのために「真剣な聞法を勧めている」親●会の優れた特色まで曖昧になってしまっている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

9,「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」と間違った内容を伝えるアニメを製作し、間違いを指摘されても改めず、更にネット上で世界中に間違った内容を発信している。しかもこれは「単純ミス」で済まされるようなものではなく、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙である。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

10,そもそも「若不生者」の「生」を「信楽に生まれる」ことと解釈するのは、親鸞聖人の『尊号真像銘文』と明らかに異なるチ●ーリップ企画(=親●会)独自のドグマである。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

11,本願成就文の「即得往生、住不退転」に関して、親鸞聖人ともサンスクリット文とも異なった解釈を行っている。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!

12,そもそも不体失往生の根拠として、「即得往生住不退転」ではなく「若不生者不取正覚」の八字を使ったのがチ●ーリップ企画の誤り。それを誤魔化そうとしたため、更に大きな間違いがあることが明らかになった。
→ × 訂正も言い訳も反論もなし!残念!


※以下は、「後出しジャンケン」で指摘されてから(ゴマカシながら)訂正したもの。

A,ヘンテコドグマの矛盾を誤魔化すために、「正覚を取らじ」を「命を捨てる」と解釈。結果、サンスクリット文、漢文、親鸞聖人の解釈、いずれとも異なる新たなヘンテコドグマを捏造しまき散らすことになっている。
→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

弥陀の「若し、生まれずは、正覚を取らぬ」
の「生まれず」は、(以下略)【第17回】



B,『高僧和讃』の「衆生の志願をみてたまう」の「志願」は、「衆生が志願」するのを「阿弥陀仏がみてたまう」という意味であるのに、「弥陀の志願(望み)」と解釈している。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

次に「衆生の志願をみてたまう」とは、南無阿弥陀仏の『名号』には「すべての人を絶対の幸福・無碍の一道に生かし、出世の本懐を遂げさせたい」という弥陀の志願(望み)を凡夫(人間)の身に実現させる力があるから、(以下略)【第10回】



C,親鸞聖人が『尊号真像銘文』で「正定の業因=仏名をとなふる」「正定の因=かならず無上涅槃のさとりをひらくたね」と解釈しているのに、「正定之業」を「正定聚不退転にする働き」と親●会ドグマに基づいて勝手に解釈した。

→さりげなく訂正!でも謝罪なし!(苦笑)

では次に、覚如上人の教えを聞いてみよう。

『執持抄』に覚如上人は、

「現在、私の喜んでいることは、阿弥陀仏より賜った名号によって信楽(破闇満願)の身になり、人生が光明の広海と転じ変わり、人界受生の本懐が果たされ、いつでも弥陀の浄土へ往ける身になったことである」

と、こう仰っている。

「われ已に本願の名号を持念す、往生の業すでに成辨することを喜ぶべし」【第11回】




※以下は、今回新たに加わったチ●ーリップ企画(=親●会)の間違い。次回の宿題には、これに解答することも加えられる。

13,相変わらず「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というドグマをまき散らしているが、この二つは、時間軸上別の時点に配置されるものであり、それをイコールにするヘンテコドグマは、親鸞聖人の教えと著しく異なっている。

14,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」というヘンテコドグマを主張するチ●ーリップ企画(=親●会)は、同時に「死後の往生」を否定するという、新たなドグマをも主張している。

15,ヘンテコドグマを主張し続けているために、「真実信心」を得ることと「極楽浄土への往生」の区別がつかなくなっている。

16,「即得往生、住不退転」=「若不生者 不取正覚」という論拠に基づか(け)ないヘンテコドグマに基づきヘンテコ解説を行い、ヘンテコ解説に基づいて、【「若不生者不取正覚」の「生」は「死んで極楽に生まれる」ことではなく、「平生に信楽に生まれる」ことである】というヘンテコドグマを立証している。これは循環論法であり、論証責任を果たしたことにはならない。
プロフィール

苦笑(本物)

Author:苦笑(本物)
「後生の一大事がわかってない」
「秋葉原の連続殺人犯を思わせる」
「どす黒い、蛇のような心」(これは後に撤回)

みんなの人気者(?)苦笑が言いたい放題暴れます。
賛成でも反対でもコメントは大歓迎!
放置プレイにするか、愛(?)を込めて返事を書くかは、
その時の気分しだいだけどね(笑)。

メル友慕賞中!!
nigawaraihonmono@gmail.com

※私にメールで質問してもエエけど、
 解答はQ&Aでみんなにシェアするかもしれません。

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